初恋に        恵編

その2

K.J 

ユウの合格通知が届いたのは、5日後でした。合格した生徒は、中学へ戻ることになっていました。私は心配で、中学へ行って先生とユウを待ちました。お昼前に、ケン君とユウが学校へ戻ってきました。

「K、なんでおまえここにいるの?」

「クラスみんなが心配で、来ちゃった!」(本当は、あんたが心配だっただけ。)

「合格した、合格。ケンとまた一緒に同じ学校へ行ける。よかった〜。」

「よかったね。」(本当は、私だって、一緒の学校へ行きたかったんだからね!でも、ケン君が一緒だからこれからは、ケン君に情報をもらうことにしよう。)

「先生、ありがとうございました。無事合格しました。」

「山田と水野は絶対合格すると思ってたけれど、やっぱり顔を見るまでは、心配なもんだな。はははは・・・」

しばらくすると、合格したみんなが、集まってきました。みんな笑顔です。学校への報告が終わって、みんな帰り始めました。

「ユウ今からどうするの?」

「別に、何にもないけど。」(誘いなさいよ!)

「K、どっか行きたいとこある?」(よし!)

「緑地公園」

「いいよ。行こうか。ケン!Kと緑地公園行こうぜ。」(こいつは馬鹿か!)

「悪い、俺寄るところがあるから。」(ケン君えらい!)

「ユウ、行くよ。」

「あいよ。」

もう、学校でユウの顔が見られなくなると思うと、なんかこのまま帰るのがもったいないなあと思って、一緒に歩き始めました。何でこの子は、私の気持ちがわからないんだろう?でも、おばあちゃんが、今までどおりでいいのよ。あと運命が導いてくれるって言ってくれてるし、まだまだ先の話しって言ってたから今は、我慢しないといけないのかな。

ユウと中学時代の思い出を話しながら、楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。夕方になって、少し涼しくなってきました。

「K、そろそろ帰ろうか。」(もう少し一緒にいたい!)

「そうだね。」(何でこんな答えしかできないんだろう。)

「学校違っちゃうから、会えなくなっちゃうけど元気でね。」(本当にこいつは!)

「学校は違っても、会えるし、会うから。何いってんのよ。永久の別れみたいに。」

「それもそうだね。」(何だ!この軽さは)

「電話も、時々かけてね。」

「何で?」(だから!)

「私も電話するから。」(これは私が言うせりふじゃないと思うんですけど!)

「いいよ、でもさあ、桜山高は男女共学だから、俺、彼女できちゃうかもよ。」

(絶対作らせないから、覚悟してな!)

「あらそう、報告楽しみにしてるわね。」(絶対してこないでヨ。聞きたくないから。)

「じゃあまたね。」

「じゃあね。」

こうして私の楽しい素敵な中学生活は幕を閉じました。

私の、白鳥高校での高校生活がスタートしました。高校では、中学と違い、テニス部ではなく、美術部に入部しました。テニスで全国を目指すつもりもなかったし、ユウもコートにいないので、前から好きだった美術部を選びました。

女子高は、何て華やかなんでしょう。でも、ユウのいない学校なんて、私には息が詰まりそうです。高校に入学して2週間くらい経った頃の放課後、校門の近くで、「背が高くてかっこいい人が誰かを待ってる。」みんなが騒いでいます。

誰なんだろう。誰を待ってるんだろう。みんな大騒ぎです。みんなが、校門の外に出ても、その人は動こうとしません。うちの学校の女子と関係ないんじゃないの。そういって私が外へ出ると、その人が笑顔で近寄ってきました。どっかで見たことがあるような気がする。誰だっけ?そうしたらいきなり、

「久し振りだね、中学で1年上だった伴だけど、憶えてる?」(後ろのほうで、みんなが騒ぎ始めた。)

「伴先輩ですか?憶えてますよ。」

「歩きながらでいいんで、話しできないかなあ?」

「いいですけど。」

「ああ〜よかった。断られたらどうしようかと思った。」(でも、交際の申し込みだったらお断りしますけど。)

「お話しって何ですか?」

「ちょっと、他の人から聞いたんだけど、Kの好きなタイプって、俺みたいなのって本当かな?俺も前からKのこといいなあと思ってたんだ。つきあわない?」(あれは、みんなに交際を断るために言ったでまかせ。それに、何でいきなりあんたなんかにKって呼ばれなくちゃいけないの!最低!何、この自信は!)

「私、最初からあなたタイプじゃないんですけど。ごめんなさい。」

あっけに取られた顔をした伴先輩を置いて、さっさと帰宅しました。ああ、むかつく。ユウに会いたいな。

その晩ユウに電話をしました。伴先輩のことは、言ってもどうせ、ふ〜んと言われるだけだろうし、多分心配もしないと思うので、話しませんでした。ユウは、勉強が大変とか、クラブが厳しいとかそんな話しばっかりです。でも、何でユウと話すとこんなに楽しいのかな。

それから、1週間くらいして、突然ユウの友達のケン君から電話がありました。

「ちょっと話があるんだけど、会えない?」

「電話じゃだめ?」

「直接、会ってから話すわ。だめかな?」

「いいよ。いつがいい。」

「明日の夕方どう?」

「いいよ、何時?」

「5時、駅横の公園で。」

「じゃあその時ね。」

ケン君、何の用事なんだろう。ユウのことかなあ?明日会えばわかるから、考えるのは、そのときにしよっと。

次の日、ケン君は公園で待っていました。

「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃたね。学校終わってから急いで帰ってきたんだけど。」

「いいよ、いいよ、そんなに待ってないから。」

「ところで、話しって何?」

「実はさ、Kちゃんってさあ誰か好きな人いるの?」(ドキッとするようなこといわないで!ケン君のそばにいつもいたじゃん。今もいると思うけどなあ)

「何で?」

「伴先輩がふられたって話を聞いたんで。」(何でそんな情報知ってるわけ?)

「だって、最初からタイプじゃないもん。」

「ユウの話しでは、伴先輩しか該当するような人考えられなかったんだけど。あれって違ったの?」

「違うよ。あれだけ言っとけば、該当者なんかないと思ったの。たまたま、伴先輩に当てはまっただけで、別に、どんなタイプを言ってもよかったの。」

「え〜、じゃあさあ、別に決まった人と付き合ってるわけじゃないんだね?」

「そこが微妙なのよね。いるといえばいるし、いないといえばいないような。」

「ひょっとしたら、俺が、その間に入る余地ある?」(この子何を言ってるの?ケン君にだけはちゃんと言っとかないとだめみたいね。)

「ケン君、ユウと友達でいたかったら、この話はなかったことにしてくれない。」(言ってしまった。お姉ちゃんとおばあちゃん以外誰も知らないのに)

「え〜、え〜、何?そういうことだったの。ユウはそのこと知らないんじゃないの。」

「そうなのよね、あの子能天気なとこあるから。全然わかってくれないのよね。」

「ユウじゃ、Kちゃん苦労すると思うよ。」

「今でも、苦労してるから。」

「ところでさあ、中学の時、みんなの交際断ったじゃん。理由はわかったけど、何て言って断ったの。」

「私結婚する人決まってるから。」

「それはすごい。それを聞いたらあきらめるわな。」

「だって本気だもの。」

「だけどさあ、それをユウは知らないわけだし、途中でKちゃんが嫌いになることだってあるかもしれないんじゃないの?」

「そんなことにはならないの。私はユウと出会うべくして出会ったから。」(おばあちゃんの受け売りだけど。)

「まいりました。本当にまいったな。でも、ユウか。ふうー。」

「絶対内緒よ、その時が来たら私から言うから。」

「ユウから言わせないと。」

「無理でしょう。それ。」

「うーん。そうかも。その時は、力になれるかどうかはわからないけど、協力するから。」(なんてケン君ていい人なんでしょうか。)

「これから、ユウのこと色々教えてね。」

「できる限りのことはするよ。」

「無理を言うこともあるけど、お願いね。本当にユウには内緒だからね。」

「二人のことは、まかせなさい。あのさあ、Kちゃんは、ユウのどこがいいの?」

「説明できないし、説明しても多分わからないと思うよ。ふふふ」

そこへ、

「ケン!何してんの?」

「リョウ、お前こそ何してんの?」

「俺、本屋へ参考書を買いに来たんだけど。デートだったの?」

「違うよ、友達の彼女?まあそんなとこだ。恵ちゃんっていうんだ。Kちゃんこいつ同じ桜山高のリョウ。こいつユウと同じ、テニス部。」

「はじめまして、恵です。」

「はじめまして、リョウです。あのう、彼氏は今いますか。」

「?」

「リョウお前俺の話し、聞いてなかったのか!Kちゃん困ってるだろうが。それに、彼女は、結婚相手決まってるの!」

「うっそー。何それ。本当?」

「ふふ、本当です。」

こんな会話があって、リョウ君も含め、それから3人で喫茶店でお茶を飲んで、話が盛り上がりました。リョウ君には、ケン君がおいおい私とユウのこと話してくれるそうです。(桜山高って、ユウみたいなタイプ多いのかな、そうだと、勉強以外でもとんでもない学校だと思います。あんなタイプは、ユウ一人だけで十分です。友達には桜山高の男子は薦められそうもありません。向こうも選ばないとは思いますが。)

それ以降、ケン君からユウの情報が入ってくるようになりました。

高校に入ってからは、ユウはクラブ、勉強で忙しいらしく、電話はかかってきません。仕方がないので、1週間に2度は、私が電話をしています。放っておくと、何にも言ってこないし、休みはテニスに出かけていってしまうので、外へ連れ出すのも私です。テスト前には、家にきてもらって、家庭教師役もしてもらっています。同じ高校生なのに、何で頭の構造が違うのか不思議です。テストは嫌いですがテスト期間中は、ユウが来てくれるので、楽しみです。

2年生になった頃、ケン君からユウに好きな子がいるらしいとの情報が入りました。同級生だそうです。すっごくかわいい子だそうです。頭の良さでもかなわないし、どうしようと2ヶ月くらい悩みました。その間、電話でそんなことも聞けず、会ってもそんな話ができなかったので、本当に辛い2ヶ月でした。

 その後、ケン君からユウは、結局、全然相手にされず、失恋したとの報告を受けました。(やったー。)でも少し悔しい。何故、ユウの良さがわからなかったんだろう、その子。でも、ほっとしました。その晩ユウに電話しました。

「ユウ、あんたふられたって、本当?」

「何で知ってるの?」

「みんな知ってるよ。」

「うっそだあ。」

「何でふられたの?」

ユウは、正直にいきさつを話しました。話を聞いて、それじゃあ私でも、ふるなと思いました。心配したのが馬鹿らしくなってきて、笑えてきました。最期には大笑いをしたので、さすがのユウも電話を切ってしまいました。(でも、浮気をするからそんな目に会うのです。以後、慎むように。)

私はというと、ユウの失恋が嬉しくて、みんなに電話で、ユウの失恋話をしました。それが、2、3日内にみんなに広がってしまい、少しかわいそうなことをしたなと反省しています。

3日後、どうしているかと思って、うきうきして電話したら、もう立ち直ったみたいで、元気な声で返事が返ってきました。(こいつ、それほど真剣に好きになってなかったな。)

それから、1週間くらいして、今度は、ユウから電話がかかりました。ユウからかかってくるのは珍しく、嬉しくなって電話を取ると

「Kってさあ、伴先輩と付き合ってるの?」何トンチンカンなことを言ってるんだろう。あの人は最初から関係ないですけど。

「ほっといて!」あまりに馬鹿な質問だったので、切りました。

バレンタインには、毎年手作りチョコレートをプレゼントしました。ホワイトデーには、中学の時と違い一応プレゼント(訳のわからないプレゼントでしたが)のお返しはありました。高2のバレンタインデーの日にもチョコレートを渡しましたが、何故か、ユウがニコニコしています。

「何かあったの?」

「学校で、K以外から初めてチョコレートもらっちゃった。」

「ふ〜ん、1個2個貰ったからといって、偉そうにしないでよね。どうせ義理チョコじゃん。」強がってみたものの、少し不安です。相手は桜山高の女子ですから。

「1個2個ではありませんよ〜だ。」

「じゃあ、何個?」

「17個。」

「・・・・」

「少ないのかなあ?」(多すぎでしょう。私の想像を超えてる。)

「まあまあじゃないの。」

「ホワイトデーが大変だよね。」

「馬鹿!勝手にすれば。」

それから、ユウが桜山高の誰かと付き合ったという話は聞きませんでした。

ユウとは何も進展のないまま、高校生活も終わろうとしています。私は、そのまま推薦で白鳥大への入学が決まりました。4月からは、大学生になりますユウは、受験勉強で、大変そうです。励まそうと思っても、家にいないことが多く、なかなか話ができません。ユウは、私立の大学は地元の鳴海大には合格していますが、どうも行く気がないようで、本命の国立大を目指してがんばっています。

1期校は、地元の本州大学を受験するらしいのですが、2期校は、どこを受験するのか教えてくれません。ユウのお母さんは、私立でもいいから、地元にいて欲しいそうです。ユウも私と同じ末っ子で、両親は、大変ユウに甘いみたいです。ただしユウ本人は、いたってマイペースで、両親のことなんかは、(特に私のことなど)全然考えていないようです。とりあえず、家を出たいことのほうが大切なようです。

両親や私の願いも虚しくユウは、1期校は滑ってしまい、晴れて2期校の信濃大に合格してしまいました。

ユウが信濃大に合格したことを聞き、嬉しさよりも、寂しさのほうが先に立ちました。でも、おめでとうの電話をしなくてはと思い、電話をかけたのですが、どうしてもおめでとうという言葉が出ません。

「どうして、信濃大学受けたの?お母さんからもいわれたんだけど、地元の鳴海大学行ったら?」

「何でよ!折角行きたいところに受かったのに。それに、最初はおめでとうと違うの?」(それはそうだけど、こっちにはこっちの都合があるのよ。)

「おめでとう。どうして信濃大学へ行かなきゃいけないのよ!」(私の眼が届かないところなんて。)

「だから信濃大学で勉強したいことがあるんだってば!」(まだ、勉強するの?大学って半分遊ぶところだよ。知ってる。)

「あんたが勉強なんかして、何になるつもりなの。」

「生物学者!」(何、それ、聞いてないよそんなこと。笑わさないで。)

あまりに意外な言葉に、電話口で大笑いしてしまいました。

「ちょっと失礼じゃないでしょうか!」

「帰ってきたときは、ちゃんと連絡してよ。」(本当にお願いだから、連絡して。)

「何で?」(わかんない男だねえ。)

「何でもよ。がんばってね。」

そんなやり取りはありましたが、ユウも大学生になりました。

ユウは、大学に入っても、サークルはテニスです。大学に入っても運動部に入るか?学者になるんだったら、勉強じゃないの。両立してしまうところが、ユウのすごいところなんですが。

大学に入学してから、ほとんどユウから連絡してこなくなりました。もともと自分からしてくるようなことはなかったのですが、本当にひどい。仕方がないので、1週間に1度は電話をしています。電話をしても、いないことが多く、声を聞けないことが多くなりました。浜松の由美ちゃんとは文通を続けていたくせに、手紙を出しても一切返事は返ってこないので、手紙は書くのはやめました。たまには、顔を見たいのですが、遠くてそれもままなりません。机には、中学の卒業式にユウと一緒に撮った写真が飾ってあります。写真のユウはいつも笑顔です。ため息が出ます。

夏休みに入り、やっと帰ってきました。会おうと思って電話しても、高校の時の友達と遊びに行ったりしていて、なかなか会えません。それでも1日だけユウを捕まえることができ、朝から夜遅くまで引っ張りまわしました。

家まで無理やり送ってもらって、

「いつ帰るの?」

「サークルの合宿が始まるので、明日帰るわ。」

「3日前に帰ってきたばっかりでしょ!」

「仕方ないじゃん。合宿なんだから。」

「本当に合宿かどうだか。」

「合宿なの!」

「何時のに乗る?」

「12時頃の電車で帰るつもり。」

「じゃあ、送るね。」

「いいよ、わざわざ送りにこなくても。」(あんたはよくても、私が良くないの!)

「少し早めに、駅で会わない?」

「何で?」(どうしてそういうリアクションになるかねえ。)

「どうしてもよ!」

結局10時に駅で待ち合わせをして、喫茶店で時間を過ごして、ユウの電車が見えなくなるまで手を振って見送りました。つぎ帰ってくるのは、お正月みたいです。ああ、退屈な秋になりそうです。

冬休みに入っても、なかなかユウは帰ってきません。電話して聞いてみました。

「ユウ、何してんのよ?あんたいつ帰ってくるの?」

「今自動車学校へ通っててさあ、本試験が、年末ぎりぎりなんだよね。だから、それが済んでから帰るわ。」

「帰る日が決まったら、連絡ちょうだいよ!」

「何で?」(あんたは、それしか言葉を知らないの?)

「何でもよ!」腹が立ってきて、電話を切りました。

しかし連絡はありませんでした。ケン君からの電話で、ユウが帰ってきたのを知りました。

「ケン君、じゃあユウは、今帰ってきてるの?」

「じゃあ、電話してみる。」

「今、家にいないよ。」

「何で?」

「だって、リョウとユウ今うちにいるからさあ。」

「じゃあ、替わってよ。」

「それだけは、だめだよ。ユウは、俺らのこと何にも知らないんだから。今までのこともばれるじゃん。」

「そうだね、じゃあ、ユウに私に連絡とるように、うまくいってくれない?」

「何とかしてみるわ。じゃあね。」

「じゃあよろしくね」

ケン君は、うまくユウに話をしてくれたらしく、次の日電話がかかってきました。

「K連絡するの忘れてた。ごめんね。」

「私ずっと待ってたんだからね。」

「だから、あやまってるじゃん。」

「あやまるだけじゃだめよ。罪ほろぼしにどっか連れてってよ。」

「俺、罪になるようなことしたか?」

「したでしょう。連絡するの忘れたんだから。」

「でもなあ。」

「どこ行く?」

「どこ行きたい?」

「そうね、ユウはどこへ行きたい。つきあってあげる。」

「ほんと。じゃあ植物園で決まり。」(しまった、映画なんかを期待した私が悪かった。ユウに常識は通用しないこと忘れてた。よりによって、冬の植物園とは。でも一緒にいられるから良しとしよう。)

「何時に駅へ行けばいい?」

「じゃあ、9時集合ね。」(何それ、私が10時って言うと早いなんて言うくせに)

「わかった。じゃあ明日。」

「じゃあね。」

朝9時前に行くと、いつも私を待たせるユウが待っていました。自分の興味のあることには、早く来ることができるのに、何で私が誘う時は遅いのよ。考えられない。合コンで私が集合場所で待ったことなんか1度もないんですけど。男子はみんな30分以上前にきてるんですけど。なのに、ユウはどうして・・・・考えれば自分が馬鹿らしくなるのでやめました。

真冬の植物園は寒く、木の葉っぱは、ほとんど落ちてるし、何を見ていいのかわかりません。ユウは楽しそうです。紅葉のメカニズムや、光合成のあり方、土の微生物の話、腐葉土の分解に関わる話しなど楽しそうに話してくれますが、それって、若い女の子と会話する話題なのでしょうか。これでは、ユウに彼女なんかできるはずがありません。でも、寒くていいこともあります。横にくっついて、寒い寒いと言って、腕が組めるからです。放っておいたら、絶対樹木のまわりで、楽しそうに解説するだけです。

温室を見つけたので、入ることになりました。多肉植物がどうの、蘭がどうの、オーストラリアの植物の特性はどうの、また、楽しそうです。せっかく腕が組めたのに、温室の中は、暖かくそういう訳には行きません。そこで、歩き疲れたふりをして、手を引いてもらいました。手をつないでいることより、植物の解説に一生懸命で、少し寂しくなります。ユウは、女の子に興味がないのかなあ?でも、チョコレートをもらったって嬉しそうに大騒ぎするくらいだからそうでもないか。私に、興味がないだけなのかなあ。でもそれじゃあ、付き合ってくれないか。何なんだろうこいつは。でも、私にとって、本当に楽しい1日が過ぎていきます。気がつくと、夕闇が迫ってきました。

「何も見えなくなってきたから、帰ろうか。」

何と、1日中植物園で過ごしました。絶対こいつは、おかしいと思います。何にもないところで、1日過ごせるなんて、頭の構造はどうなっているのでしょうか。ユウは植物のことで頭がいっぱいで、何にも思ってなかったかもしれませんが、私は、1日中一緒にいられたし、外ではずっと腕が組めたし、手もつないでもらったし、そういう意味では、すごく幸せでした。でも、こいつは、いつ私のことに気がつくんだろうか?

「ユウ、帰りうちでご飯食べてく?」

「いいの?」

「いいよ、お母さんにもそう言ってきたから。」

「じゃ行く。」

ユウは、うちで夕食を食べることになりました。高校のときから、うちへは私のテスト前は、いつもきてもらっていたので、半分家族のような顔をして、今でも食事をしていきます。特に、お母さんとは気が合うらしく、いつも話しが盛り上がっています。お母さんにユウを取られそうな勢いです。考えられません。おばあちゃんは、いつもにこにこしてユウと話しています。なんで、ユウは大人の人に人気があるんだろう。不思議です。お母さんにも、おばあちゃんにもユウを取らないでよって言いたくなります。私が連れてきたのに!

夕食は、私そっちのけで話は盛り上がりました。何にもない(私にとっては)植物園で1日2人が過ごしたことが、面白かったようです。私は、寒かったことや何にも葉っぱのない木の説明を聞かされたことなど、文句ばっかり話しました。おばあちゃんを見ると、やっぱり、にこにこして話を聞いてくれています。この調子だと、ユウと話す時間がなくなってしまいます。

「ユウ、部屋へ行かない。」

「何で?」(あんたには、その返事しかないの!)

「いいから」

「恵、あとからケーキ持っていってあげるね。」

「お母さん、別にケーキなんかいいよ。」

「僕、いただきます。」(もう、あんたはだまってなさいよ!)

別に、何を話したいわけでもありませんでしたが、二人だけで一緒にいたかったのと、みんながユウを独占するのがくやしくて、部屋へ連れてきました。

コタツに入って、今日の植物園のことなどを楽しそうにユウは話してくれます。私は、話の内容はどうでも良くて(聞いてもわからないし、興味もないし)、こうして一緒にいることが幸せです。私も、学校のこと、友達のことなど色々話します。

  コタツの中で、伸ばした足が、不意に触れました。少し恥ずかしくなって下を向いてしまいました。足は触れたままです。

そうっと顔を上げてみると、ユウは私の話を聞かず、熟睡していました。(な〜んだ。ちょっと期待したのに。)折角なので、このままの状態でいることにしました。ユウは2時間も寝ていました。

途中、お母さんが、ケーキを持ってきましたが、ユウの状態を見てそうっと戻っていきました。リビングでみんなの笑い声が聞こえます。なんで、こんなの好きになっちゃたんだろう。おばあちゃんは糸が見えたって言うけど、老眼で本当は見えなかったんじゃあないのかなあ。疑いたくなります。

ユウは、目を覚まして、一瞬どこにいるのかわからなかったみたいで、

「K、なんでここにいるの?」

「私の部屋なんですけど!」

「えっ、どういうこと?」(本当にこの子だけは!)

「あんた、疲れて寝ちゃったんでしょうが、私の部屋で!」

「そうか、そういうことね。」(何と軽い)

「お腹すいてない?」(もう少しいて、あまりしゃべってないから)

「すいてない。遅くなったから帰るわ。」(何でよ!)

「そうだね、お母さんも心配するから帰ったほうがいいよ。」(帰らないで!)

「心配なんかしないと思うけど。もう遅いから、帰って寝るわ。」(おいおい)

「いつ大学へ戻る?」

「決めてないけど、明日か、あさって。」

「何それ、私にも都合があるんだから!」

「Kが帰るんじゃないんだから、都合なんか関係ないじゃん。」

「帰る時間連絡してよ!」

「時間があったらね。」

「それは、だめ!必ず教えてよ!じゃなかったらひどいからね。」

「・・・・・」(都合が悪くなるとすぐ黙る!)

もっとゆっくり話がしたかったのに、と思いながら、ユウを見送りました。

 次の日、朝10時に電話がありました。

「今日のお昼ので帰るわ。じゃあね。」(じゃあねじゃないの)

「送ってく。」

「いいって。」

「30分後駅で待ってる。」

ユウは何か言っていましたが、電話を切って急いで、服を着替えて駅へ向かいました。私が駅に着いたのが10時20分、ユウは遅れること30分。

「いつまで待たせるのよ!」

「だって、あの時まだ荷物まとめてなかったんだから。」

「まとめてないあんたが悪い!」

「そんなあ。」(本当は私が悪いの、ごめんね!)

そんなやりとりがありましたが、ユウは笑顔で下宿に戻っていきました。また、春休みまで、退屈だな。

春休みに入り、ユウは帰ってきました。帰ってきたら帰ってきたで、ユウは、忙しく遊びまわっています。映画に誘ったら、ケン君とリョウ君と3人でケン君のお父さんの田舎へ旅行へ行くから帰ってから付き合うって返事でした。ケン君たちなら仕方ないかと思います。でも、ユウは、旅行から戻っても何にも言ってきません。電話をしてみました。

「今、何してんの?」

「帰る準備。」(何、それ!)

「じゃあ、暇だね。お茶飲みにいこ!」

「話し聞いてた?帰る準備中だってば。」(だめ、拒否はさせない!)

「そんなのすぐ出来るじゃん。30分後駅前の喫茶店。遅れないでね。」

電話を切りました。

喫茶店で、先日行った旅行のことや新しい下宿のことなどの話を聞きましたが、私は、話したいことがいっぱいあったので、あとは一方的に話をしたかもしれません。

「ところで、いつ帰るの?」

「準備出来次第。」(え、えー。どうしてそういうことになるの!)

「あんたねえ、言葉に接続語使ったほうがいいんじゃないの!女性に対して失礼でしょ。」

「・・・・」

「ほら、都合が悪くなるとすぐ黙る!いっつもそうなんだから。あんた絶対彼女できるタイプじゃないね。」

「・・・・」

「今日帰るつもりだったの?私にも都合があるんだけど。」

「?・・・」

「何時ので帰るの?」

「出来れば、夕方までには向こうに着きたいので、1時までには家を出たいと思ってるんだけど。」

「あんまり時間ないじゃん。あんたこんなとこで何やってんの。早く帰って準備しないと。」

「・・・・」

「送ってあげるね。」

「都合があるんじゃなかったの?」(ユウが思ってるような都合じゃないのよ!)

「あんたが心配することじゃないのよ。」

「?」(ユウはきょとんとしています。)

とりあえず、私も、ユウの家へ一緒に戻り、帰り支度を手伝って(手伝いよりお母さんと話していた時間のほうが長いと思います。)、ユウを見送りました。また、夏まで会えないのかと思うと少し悲しくなりました。

大学2年になっても、ユウは相変わらず連絡をくれません。仕方なく私が電話をしています。ところが、夏休みに入る前、ユウから珍しく電話が入りました。

「明後日帰る予定。」(もう少し文章にしてしゃべれないのかなあ)

「何時に着く?」

「お昼頃。」

「駅まで迎えに行ってあげる。」

「何で?」

「お昼一緒に食べようよ。」

「何で?まあ、いいけど」(よっし!)

ところが、ユウが帰ってくる日の朝、おばあちゃんが気分が悪いといって倒れました。朝からてんやわんやです。死んじゃったらどうしようと思うと、涙がとまりません。お父さんが、救急車を呼びました。お母さんは、せわしく着替えや入院の準備をしています。おじいちゃんは、おろおろするばかりで、役に立ちません。こんなときにユウもきっとこうなんだろうなと思いました。ごめんなさい、おじいちゃん。おばあちゃんのことが心配でそうなっているだけなのに。お姉ちゃんやお兄ちゃんもばたばたしています。そうだ、ユウだ!どうしようかな。そうだ!電話、電話。

「ケン君、頼まれて!おばあちゃんが倒れて今から病院へ行かないといけないの。」

「大変じゃん。入院?」

「多分、そうなると思う。それで、お願いがあるんだけど。」

「何?」

「お昼にユウと名古屋駅で待ち合わせしたんだけど、行けそうもないので、事情を話ししといてくれない。それと電話して欲しいってことも。お願い。」

「いいよ、伝える。じゃあ、気をつけてね。」

「うん、よろしくね。ありがとう。」

おばあちゃんも5日入院しただけで、無事退院して今はうそみたいに元気です。よかったあ。ところで、ユウから連絡がありません。ケン君は、ちゃんと連絡してくれたのかなあ。ユウの帰る前日になりました。やっぱり、私が電話をしないとだめか。

「この間はごめんね。明日送っていくわ。何時?」

「いいわ、遠慮しとく!」(何か、怒ってない?)

「はいはい、何時?」

「俺の話し聞いてなかった?」(やっぱり、怒ってる。でも、めげない。)

「は〜い、あんたには、話す権利な〜し。」

「・・・・」

「だから、なんじ?」

12時。」

「じゃあ10時駅前ね!」

「それちょっと早くないか!」

「はい、10時決定!明日ね。」私は、断られるのが怖くて、急いで電話を切りました。

いつもの私のペースで話は進んでいます。普段どおりのユウに少しほっとしました。私はホームで、電車が動き出すと見えなくなるまで手を振りました。夏休みも終わり頃にならないと帰ってこないのは少し寂しいけど、今日会えたから。

夏休みも終わりになる頃に、やっとユウは帰ってきました。帰ってきたユウは、とりがらのようにげっそり痩せてしまっていました。私は思わず、「とりがら」といって指をさして笑い転げました。ユウとは中学のクラス会に一緒に出席したり、映画を観に行ったりしました。

8月の末には、ユウは戻っていきました。もちろん、私の見送りつきです。

しばらくして、ケン君におばあちゃんのときのお礼の電話をしたら、

「ああ〜。Kちゃんごめん。ユウに連絡するの忘れた。」

「えっえ〜。どうして。」

「あのとき、駅へ行く途中で、時間つぶしにパチンコをしようと思ってでかけたら、ばったりリョウと会って、二人でパチンコ屋に入ったんだけど、一生懸命になりすぎてすっかり忘れてた。本当にごめんなさい。」

「冗談じゃないわよ!!」

それから、1時間くらいケン君に説教です。だから、ユウは電話で怒ってたんだと納得しました。何で怒ってたか聞いてくれれば、よかったのに。聞いてくれるようなユウでもないけど。

冬休みになっても、ユウから連絡がないので、実家のほうへ電話をしてみました。

「おばさんこんにちは、ユウ君は帰ってますか?」

「あら、恵ちゃん久し振り、あの子冬休み帰ってこないみたいよ。」(何それ、聞いてないよそんなこと。悲しくなってきた。)

「本当ですか?」

「アルバイトするみたいよ。」

「何かあった?」(おおありです)

「いえ、なんでもありません。ありがとうございました。」

困った。会えないの〜。何でそんな大事なこと言ってこないのよ。ユウに電話をしても、泊り込みのバイトらしく、つながりませんでした。次は、春休みまで会えないのかなあ。

正月明けに、ユウを誘って行くはずだった映画を、大学の友達と観に行きました。それから、喫茶店に入って、おしゃべりをしていたら、窓越しに、ユウが歩いています。そんな馬鹿な!帰ってないはずだけど、どういうこと?気づかせるのに、窓をたたこうとした瞬間、その手が止まりました。

うそ、ユウが女の子と一緒に歩いてる。何?誰?どうして?

驚いている友達を置いて、私は外へ飛び出しました。二人は、楽しそうに話をしながら歩いています。何なのこれは、悪い夢を見てるみたい。でも、二人は目の前を歩いています。駅のほうへ向かっているので、彼女を送っていくつもりみたいです。どうしよう。どうしたらいいんだろう。私は、ユウのこと本当に好きなのに、ユウはそんなことに気がついてないから困ったなあ。相手の女の子の顔を見てみたい。え〜い! 見に行っちゃえ。

私は、先回りして駅の反対側の入り口に回りました。私は何をしてるんだろう、自己嫌悪に陥っています。でもそんなこといってたらユウはどっかへ行ってしまいます。人ごみの中からユウがでてきました。彼女は、ちょっと小柄です。「かわいい。」本当にかわいい女の子です。

 ばったり顔を合わせるようなタイミングでユウの前に立ちました。

「あれ、帰ってたの?」

「うん」

「いつ」

4日前」

「ふ〜ん、どなた?」

ユウが英子さんを紹介してくれました。できるだけ明るく、

「はじめまして、加藤 恵です。よろしく。私、急ぎますから。」そう笑顔であいさつするのが精一杯で、さっさと人ごみの中へ消えました。

それから、外の電話ボックスの中に閉じこもりました。自分でしてしまったことの罪の深さと情けなさと、もうだめかもしれないという思いで、何も前が見えません。彼女の困った顔が目の前から消えません。何てことしをたんだろう。本当に私は、どうしちゃったんだろう。多分彼女は、気が付いてしまったと思う。何てことしてしまったんだろう。私・・・。涙がとまらない。これが、おばあちゃんが言ってた、「あの手の人は、気がつかずに通り過ぎていってしまうことがあるの。」なの?おばあちゃん助けて!私は、声を殺して泣きました。

「ケン君助けて!」私は、ケン君に知らないうちに電話をかけていました。

ケン君は、私の取り乱した声に、

「今、どこ?すぐ行くから。」しばらくして、ケン君はリョウ君と一緒にきてくれました。彼らが着いた時、私は放心状態で、魂の抜け殻のようだったそうです。二人に、ユウが女の子と歩いてたこと。私がしてしまったことを話しました。また涙がとまらなくなってきました。私をどうしたらいいのか彼らもわからなくて、困り果ててしまったようです。二人は私を落ち着かせてから、家まで送ってくれました。どこをどう歩いて帰ってきたのかわかりません。

家へ入ると、人の気配がしません。忘れていた。今日は親戚のおばちゃんのところへ1泊でみんな出かけたの忘れていました。一人ぼっちの部屋で、声をあげて泣きました。涙が枯れることはないことを知りました。

突然、部屋の戸が開きました。

「恵、どうしたんだい?」

泣きながら、

「おばあちゃん?いたの?」

「おばあちゃんは、今日はお留守番をすることにしたの。」

「何で?おばちゃんちへ行くの、あんなに楽しみにしてたのに。」

「何か、胸騒ぎがしてね。恵はどうしたの?友達と映画に行って楽しんできたんじゃなかったの?」

私は、ユウが女の子と歩いてたこと。私がしてしまったこと、ケン君たちに送ってもらったことを嗚咽の中で話しました。

「恵が信じるか信じないかは、恵次第だけど。おばあちゃん、何かが起こりそうで気になって残ったのよ。」

「どういうこと?」

「去年のお正月過ぎ、あの子が来たとき、糸が細く見えたから。そろそろ何かあると思ってね。」

「何なのそれ?どういうこと?ユウとはだめになるってこと?どうしたらいいの?」涙がとまりそうにありません。もう、いや、死んじゃいたい。

「恵、よく聞きなさい。おばあちゃんは、恵が中学で、おばあちゃんの部屋で最初に泣いた時、こんな時どうすればいいって教えたか思い出してみな。」

「おばあちゃんが教えてくれたのは『あんたがぶれたらだめ。運命を信じてがんばってみなさい。』だった。」

「今の、恵はどう?」

「・・・・・」

「そうしたらその次は何をすればいいんだったっけ?」

「思い切って気づかせないといけない・・・」

「そういうことなのよ。」

「でも、あんなことして、絶対私、ユウに嫌われたもの。彼女にもひどいことしたもの。」

「あの子は、大丈夫よ。おじいちゃんと一緒で、気になんかしないし、恵のこと、最期はちゃんとわかってくれるよ。その女の子もきっとわかってくれてると思うよ。」

「でも、あんなひどいことしちゃんたんだよ。」

「実はね、昔、おじいちゃんにおばあちゃん、恵と一緒のことをしたんだよ。」

「おばあちゃんも?!」

「そうなのよ。ほほほほ・・・」

「それで?」

「だから、今あんたたちがいるんでしょ。」

「・・・・」

「でも、このまま何もしないでいると、本当に死にたくなっちゃうことになるのよ。これは、運命なの。おばあちゃんが最初に言ったでしょ。『あなたは出会ったの。ユウ君に、会うべくして出会ったのよ。』って。だから、ちゃんと彼にわかるように恵の気持ちを伝えなさい。」

「できるかなあ。」

「できるのかじゃなく、するのよ!それが、恵あなたの運命(さだめ)なの。糸が切れてもいいの?」

「だめ!!」

「そうしたら、早速動かなきゃねえ。時間は待ってくれないよ。」

震える手で、電話を取りました。こんなことは初めてです。ダイヤルを回す指も震えています。心臓の音が耳のそばで聞こえます。声が上ずらないように、普段どおり話せるようにお願い、神様私のそばについてて。

「いつ下宿に帰るの?」

「明日」。

「・・・・何で?」

「電車。」

「理由よ、理由!」

「大学。」

「何で、ユウは、いっつも、結論しかいわないだろうねえ!じゃあ駅まで送るわ。」

「・・・・何で?」

「何時の電車?」

12時。」

「じゃあ、10時駅前ね。」

 『ガチャ』慌てて電話を切りました。とてもこれ以上話せそうにありません。

 おばあちゃんは、横で「それでいいのよ。」って笑っています。「とりあえず、眼の腫れを何とかしなくちゃね。」そういって奥の薬箱を取りにいってくれました。(そんな薬あるのかなあ)

 待ち合わせ時間の30分くらい前に駅に着きました。いつも時間より早く来ることはないユウが15分くらいしてやってきました。

「遅い!」

「ええ〜。15分も前に来たのに、遅いといわれても。」

「わたしは、30分前には着いたよ!」

「ええ〜。そんなこといわれても。」

(あなたにしては上出来です。)

「今からどうする?」

「荷物、ロッカーに預けたら。」

「何で?」

「歩くから。」

「ええ〜。」

「はい、文句はいわない!」(作り笑顔)

強引に連れ出しました。ユウは一緒に歩いてくれています。でも、少し歩き方が変な感じがします。

駅前を抜けて、線路沿いを行くと、小さい頃よくみんなで遊んだ神社があります。その神社に向かって歩き始めました。何から話していいかわかりません。黙ったまま歩き続けます。気が付くと神社の境内です。

「K、何か言たいことがあるの?何でしゃべらないの?」

「・・・・・」何を話していいのか頭の中が真っ白。

「何?」

「何で帰ってきたことを言ってくれなかったの?帰らないじゃなかったの?」(何を言ってるんだろう、私は。)

「それは、足を怪我して・・・」(うそ、大丈夫だったのかな?それで歩き方が変だったのか。)

「ええ〜。どうして知らせてくれなかったの!」

「急だったから。」

「認められません!」

「何で?」

「・・・・・昨日の女の人、彼女?」

「まだ、そこまでいっていないと思う。彼女もそこまで考えているかどうか。」

「ふ〜ん。どんな関係?」

ユウは、小学校で英子さんと出会ったときから昨日までのことを話してくれました。

「うっそー。彼女、あなたの初恋の人なの?」

「そうなるのかな。」

「付き合ってるの?どうなりたい訳?」

「わからない。Kに言われて・・・、彼女とは付き合っているかどうかと言われると、どうも返答に困るような関係で、無論、恋人でもなんでもないけど、しいていえば俺の憧れかな。だから、どうといわれてもなあ。」

「じゃあ、ちゃんと付き合ってる訳じゃないの?」

「そういわれれば、そうなるかな。彼女もそういう風にはまだ思っていないんじゃないかな。」

「だからユウは、馬鹿なのよ。」

「何でよ!」

「彼女は、ユウに好意をもってるわよ。」

「何でわかるの?」

「女同士、そのくらいわかるのよ。」

「・・・・」

「彼女、卒業でしょ?能天気な学生のユウはどうすんの?」

「あんまり、考えてないけど。」

「社会人になった彼女とどう付き合ってくのよ!彼女はそれでいいの?」

「もう少し先の話だから、そこまで・・・」

「彼女に何を求めてるの?」

「・・・・」

「あんたの夢は?」

「・・・・」

「何か言いなさいよ!」

「少し黙って!」

ユウがこんな言い方をしたのは初めてです。沈黙の中で、色々な想いが頭の中を駈け回っていました。もうだめかもしれない。おばあちゃん助けて!心の中で何度も叫びました。

「これから考えてみるわ。」

「これから?付き合っていくの?ユウの夢は?彼女に話した?」

「付き合うかどうかは、俺だけの問題じゃないし、彼女の意思もあることだし。夢の話はしていないけど。」

「ユウの夢、学者になるということは、何年も待たすってことでしょ。今のユウは、英子さんにそんなことをえらそうに言えるの。」

「・・・・」

何でこんな話になっているのだろうか、何でユウを責めなければならないのかわからなくなってきています。

「何でこんな話になるかなあ。俺のこと心配してくれてるのかどうかわからないけど。どうしてこんなに責められないといけないの!」

「ふたりの女の人生が、このうすらトンカチにかき回されないようによ!」(思わず出た言葉です。)

「そんな言い方をしなくても。それじゃどうすりゃいいんだよ。」

え〜い!

「自分のことでしょうが。私のこともちゃんと見てなかったでしょう!」

「ええー・・、どういうこと?」

「私のことは?」

「私のこと?」

「私のことは、どう思ってるの?」

「いきなりどうといわれても・・・どういう答え方をすれば・・・」

「私はどうすればいい?」

「・・・・」

その時、ユウを見ると何が何やら訳がわからない状態となっているようでした。

「私は・・・」

私の瞳から涙が零れ落ちはじめました。

「何で?」

「・・・・」

ユウは狐につままれたような顔になっていました。どこがどうなったらこういうことになるのか、見当がつかなかったのでしょう。

「俺、何かした?」

(もう、どうにでもなれ!)

「・・・私の気持ちに気がついてなかったの?ばか!」

「・・・・」(完全に困った顔になっています。)

沈黙のあと、ユウが口を開きました。

「伴先輩は?」

「伴先輩?」

「高校に入ったときから伴先輩と付き合ってたんじゃないの?」

「そんなデマ誰に聞いたの?ばっかじゃないの!」

「伴先輩がKに告白したってケンに聞いたけど。」

「告白してきたけど、タイプじゃないから断った。」

「タイプじゃない?どう考えたって、中学のとき言ってたKの好きなタイプって、伴先輩しか思いつかないじゃん。実際当てはまるし。」

(あれは、適当に言っただけなの。)

涙しながら、

「だからあんたは、馬鹿なのよ!」

「・・・・」

「私が初めて自分から好きになった人に出会ったのは、中学1年だったの。それが私の初恋だったの。」

「だから、伴先輩じゃなかったの?」

(こいつは、ほんとに)

「本当にユウは馬鹿ね!」

腹が立った顔をして、ユウが言いました。

「言ってる意味がわかりませんけど。」

「子供って、嫌いな子に、いたずらしたり、意地悪する?その子は、同じクラスにいたの!そばにいて気づかなかったの?」

「・・・・?」

「・・・・」

沈黙が続いた後、

「俺!俺なの?」

「・・・・」

私は、小さく頷きました。

沈黙が続きました。これから何をどう話していいか頭の中が真っ白です。やっと出た言葉が

「電車の時間だね。駅に行かないと。」(何を言ってるんだろう、私は。)

「うん」

二人とも黙ったまま、境内を出るための小道を駅まで歩きはじめました。二人が寄り添うように歩くのは初めてかもしれません。いままでも、私から腕を組んだり、疲れたといって手を引いてもらって歩いたことはありましたが。ユウからは、一人の女性として意識して歩いてもらったことはなかったのです。

しかし、前にユウが冗談で手をつなごうとしたとき私は「何すんのよ」と蹴りを入れたことがあります。根に持ってないよねユウ。何故か緊張して来ました。

ユウの左手の甲が偶然なのか意識してそうなったのかはわかりませんが、私の右手の甲に触れました。今度は指が触れました。そして二人が初めて、出会って8年目でお互いの意思で手を握りあいました。

私は、徐々にユウに寄り添うように近づき、頭をユウの肩にくっつけました。ユウとの初めてのできごとでした。この日が私にとって、多分ユウにとっても大きな転機となりました。やっと、初めて、私自身の気持ちをわかってもらえました。

二人はずっと無言でした。電車を待っているとき、

「私が、ユウと彼女と鉢合わせしたとき、きっと彼女は私の気持ちがわかったと思う。ユウには絶対わからないことだろうけど、女同士ならわかることなの。あのあと、彼女何か変わったことはなかった?」

「あまりしゃべらなくなったかなあ。Kのことは素敵な人だねって言ってたけど。」

「やっぱり、気づいてた。」

「そうかなあ。」

「だからあんたはどうしようもない馬鹿なのよ。勉強やサークルばっかりが人生じゃないんだからね。私がいないと何にもわかんないんだから。」

「・・・・」

「彼女に会う機会があったら、あやまっといて。」

「何であやまるの?会っていいの!」

「もう!私があやまってたって言えばわかるのよ。それに彼女と喧嘩別れしたわけでもないんでしょ。初恋の人なんでしょ。用もないのに会うのはどうかと思うけど今度ちゃんとあやまっといて。」

ユウの乗る電車が入ってきました。ユウが下宿に帰ってしまうのがこれほどつらいのは初めてです。電車の扉が閉まる直前、思わず、声を出さずに叫びました。

「おばさんになっても私をもらってよ!」

 列車の中でユウはどのような顔をしていたのでしょう。私は、幸せです。

 帰って、すぐに、おばあちゃんに報告しました。おばあちゃんはにこにこして、話を聞いてくれました。今度も、涙がとまりません。でも、下は向きません。前が見えなくなるから。

 その晩、ケン君に昨日のお礼と今日の結果を話しました。おめでとうって言ってもらい、また、涙が出てきました。春休みには、ユウは帰ってきます。

3月の或る日曜日にユウに誘われて、母校の西山中学校へぶらっと遊びに行きました。校庭には誰もいませんでした。砂場に座ってユウが彼女に偶然出会った長崎の話を聞きました。

「奇跡みたいな偶然ってあるんだね。彼女元気にしてた?」

「元気だった。彼女、Kに謝りたいって、言ってた。それとちゃんとあやまっといた。」

「かわいい、いい人だったね。」

「そうだね。」

「いやなこと頼んじゃったね。後悔してる?」

「何て答えたらいい?」

「馬鹿!」

「うん・・」

「わたし、彼女といいお友達になれそうかな?」

「なれるんじゃないの。」

「そうなれたらうれしいなあ。」

「Kがそう思えばそうなれるって。」

「そうだよね。なれるよね。」

彼女との出会いは本当によかったと思います。そのお陰で、彼女には申し訳ないことをしてしまったけれど、私は、ユウに本当の自分の気持ちを伝えることが出来たから。

春休みの途中で、ユウは、サークルの合宿があると言って、下宿に戻りました。その日もやっぱり駅まで私は見送りました。

1週間後、私のところへ、英子さんからのエアーメールが届きました。ロスから投函されたものでした。私へのお詫びの言葉がびっしり詰まっていました。

彼女のユウへの思いがひしひしと伝わります。そして、彼女の感じた、私のユウへの思いがつづられていました。私こそ、彼女に悪いことをしたと思っています。涙がとまりません。

すぐ、私も彼女に手紙を書きました。ユウと英子さんと駅で、出会ったときのこと、私のユウへの思い、ユウの英子さんへの思いなど。私もお詫びばかりです。

彼女とはそれから、月に1度か2度の文通が続いています。

私たちは親友になりました。彼女は私を今は、Kと呼んでくれます。私も彼女をAと呼ばせてもらっています。

彼女が、帰国した時には、一緒にお茶を飲んだり食事をしたり、ユウの悪口を言ったりしています。私も、彼女の住むアメリカへ何度も遊びに行きました。ユウは遠くで、私たちを眩しそうにみています。

あれから、30年。みんなそれぞれの人生を歩んでいます。

彼女といえば、アメリカで、いや世界的に有名なジャズピアニストとしてニューヨークを中心に活躍しています。来月日本でコンサートを開催するようで、連日テレビなどで紹介されています。

ユウは、大学院に進学し、博士号をとって、大学教授として教壇にたっています。

ケン君は、地元の有名国立大学を卒業して、成績も優秀であったこともあり、一流商社の海外事業部長として日本と海外を往復しています。

リョウ君は私立の一流大学を卒業し、3年前に25年のサラリーマン生活に終止符を打ち、家業の建設会社を継いで社長として頑張っています。

私はというと、結婚して子供二人の母親となっています。

娘さくらは大学を卒業して、小学校の新米教員として昨春から勤務を始めました。息子太郎は無事大学4年となれそうです。

冬も終わりのころのお昼時

さくら「お父さん、太郎が学校に戻るのにバスに乗り遅れそうだから送って欲しいって。お父さんの車貸してくれる。」

夫「昼から、お父さんも講義があるから、さくらの車で行けばいいじゃん。」

さくら「定期点検中で、今日車ないの!お母さん車貸して!」

「いいよ。太郎あんた就職どうすんの?もうすぐ4年だよ。」

太郎「大丈夫、大学院へ進学するから。」

「お父さんみたいになるの?もう学者は一人で十分よ!」

太郎「学者になるかどうかはわからないけど、もう少し脛はかじらせてもらいま〜す。でも、母さん学問って結構これが面白いもんだよ。ねえ、父さん。」

「どうしてそんなとこばっかりお父さんに似ちゃうんだろうね。」

夫「お父さんの前後に、みたいなとか、ばっかりとかつけるな!」

さくら「お母さん、何でお父さんなんかと結婚したの?全然合わないと思うけど。」

「あんたも、結婚すればわかるわよ。」

夫「さくら、なんかとはなんだ、なんかとは!」

さくら「私は、お父さんのような人は選ばないから大丈夫。」

「でも、あなたの彼氏ってどっかお父さんに似てない?」

太郎「似てる似てる。」

さくら「太郎!あんた、乗せていかないわよ!」

夫「時間大丈夫か?」

太郎「大丈夫。」

さくら「お母さん、この間メール便が届いていたけどあれなんだったの?」

「あれ、コンサートのチケット」

太郎「どこで?」

「Nホールだったと思う。」

さくら「誰のコンサート?」

「今、テレビで宣伝してるピアノコンサートよ。」

さくら「え〜、そのチケットって発売30分でソールドアウトになったコンサートでしょ。何枚あるの?」

2枚。」

さくら「私にちょうだい。彼と行ってくるから。」

「絶対だめ、お父さんと行くの楽しみにしてるんだから。」

太郎「そんなプラチナチケット何で、うちに届いたの?」

「彼女、お父さんの小学校の同級生でお母さんともお友達だから。」

さくら「え〜、うっそー。本当、お父さん。」

夫「まあ。そういうことかな。」

さくら「何それ、お父さんって本当にはっきりしないんだから。」

太郎「この間、ケンおじさんとリョウおじさんが来たとき飲んでて聞いたんだけど、お母さんの初恋の相手ってお父さんなんだって、本当?」

さくら「私もそれ聞いた。そんなことってあるの?信じられな〜い。」

「お父さんに訊いてみれば。」

さくら「どうなのお父さん。」

夫「本当は、お父さんが一方的に好きになって結婚してもらったんだよ。」

さくらと太郎「それはない、絶対ない。」

夫「何でよ!」

さくら「見てりゃわかるもん。お父さんにそんなことできるはずないじゃん。」

「K、何とか言ってやれよ。」

 「ユウあなたがちゃんと説明しないからよ。」

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