私の名前は加藤
入学式が終了し、クラス決めも終わり、初めて教室に入りました。席が決まっていなかったので、同じ小学校からの友達と何人かで、みんな固まって後ろの席に着きました。小学校のときは、好きになることが出来るような男の子もいませんでした。
だから、私の恋はこれからです。楽しみです。中学に入れば、対象となる人数が多くなるし、先輩という手もあるな、などと考えていました。私はこれでも、成績は悪くなく、スポーツもこなしたので小学校の頃はもててたほうだと思います。
担任の先生が教室に入ってきて、これからみんなは中学生です、なんてことを言い始め(さっき校長先生が言ってたじゃん)、一通り話しが終わって、席替えとなりました。とりあえず出席番号順となりました。私の席は前から4番目の窓から4番目の席、すなわちど真ん中です。隣の席はなんか子供っぽくて、いかにも頭の悪そうな男の子(近藤守、ニックネームはコン(勘は当たっていました))です。通路を挟んで座っているのは、元気そうな男の子(名前は水野優作、ニックネームはユウ。クラスの男の子の中では、いちばん話しがしやすそうです。ちょっと子供っぽいかな。)です。
私の理想としては、運動部に入るような男の子で、勉強は少なくても私よりは出来るくらいでないとこれが最低条件、あとは背が高く、ハンサムでかっこいい子がいいと思っています。とりあえず、このクラスに該当者はいないかもしれません。よその小学校からもかなり入学してきているので、そのことは、ゆっくり考えることにします。
とりあえずは、勉強のライバルは誰になるのだろうかと考えたりしていました。男子では同じ学校だった、高原君、彼には勝てそうもない。それから隣の小学校から来ている小川さん、彼女は誰もが知ってる秀才です。この顔ぶれなら、私はクラスで5番以内には入れそうです。学年でまあ、50番以内には入れると思うので、そこそこの進学校へは行けそうです。親にそういう学校に、行かせてもらえるかどうかはわかりませんが。
ある日、塾で習った、数学の問題を(私は最初全然わからず、塾の先生に教わってもしばらく理解することが出来ませんでした。塾のクラスのみんなそうだったみたいです。一瞬、数学が嫌いになりそうになりました。)頭のよさそうな子に出来るかどうか試しました。
「ねえ、塾でこんな数学の宿題が出たんだけど、わからなくて教えてくれない?」最初は、小川さん。彼女は、しばらく考えて、「家で考えてくるわ」との返事で、次の日解いてきました。やっぱり彼女はすごい。高原君は、しばらく考え込んでいましたが、ギブアップしました。次の日小川さんから解答を聞いてすぐ理解していたので、やっぱり彼にも勝てそうもありません。
あといろいろな子に問題を出してみましたが、みんなギブアップしました。解答を説明しても、すぐ、みんな解かりませんでした。となりの男の子コンにも質問しましたが、問題を見た途端、どっかへ行ってしまいました。
まあ無理だろうけどユウにも意地悪をしてやろうと思って、問題をぶつけました。話しやすさもあって私は彼のことをすぐユウと呼び始めました。彼も別に気にならないらしく、この後、みんなからもそう呼ばれるようになりました。彼も私のことはKと呼んでいます。
「ユウあんたこれ解ける。塾で出たんだけど、解からないのよね。」
「どれ、これ?う〜ん・・・こうやって解けばいいんじゃないの。ほら。」
「・・・・・」
「あれ、違うのかなあ?」
「あってる。あんたすごいね。」
「そうかなあ。考えれば誰でも解けるんじゃないの?」
うそみたいです。ユウは私と同じテニス部に入っています、でもこいつが数学が出来るなんて。私には、ただのスポーツ小僧にしか見えないんだけどなあ。
ユウの解答の説明のほうが、塾の先生よりわかりやすかったので、これから難しくて解からない問題は、ユウに教わることに勝手に決定しました。ユウはそのことは知りません。
最初の中間テスト(3日間で9科目もありびっくりしました。)は、クラスで1番はやっぱり小川さん、2番が高原君、3番がまさかのユウ(高原君に聞いたところ、ユウは学年で30番くらいとのことでした。)、次がケン君、私は5番でした。学年では50番台だったので、私的には、よしとします。
でも、何でユウの方が成績がいいんだろう。納得がいきません。スポーツ小僧のくせに。でもなぜか、憎めないところがあって、不思議です。ずいぶん仲良くなりました。ユウなら何でも話せそうです。男と女の友情って成立するのかな?などと思ったりしています。
あとから職員室で、先生方の話を聞いていたら、主要5教科だけなら、ユウは10番以内のようです。(何それ!)クラスの中で、ユウの成績がいいのを知ってるのは、ユウを除く上位3人と多分私くらいです。みんなは、元気な、スポーツ小僧としか思っていません。
ユウの付き合ってる友達って不良みたいなのとか、頭の悪そうなのとかで、優等生って呼ばれる子達と付きあってるのをあんまりみたことがないから、よけいなのかもしれません。だからみんなにはわからないんだと思います。
だけどユウのこの見かけと中味のギャップは何だろう。少し見る眼が変わりました。とりあえず、最低条件はクリアー。
中間テストも終わって、ほっとしていたら、ユウが
「Kってさあ、どんな男の子がタイプ?」
「なんで?」
「ちょっと、聞かれて」
「なんで、ユウにそんなこと教えないといけないのよ。ばっかじゃないの。」
「・・・・教えてくれてもいいじゃん!」
「えーっと、少なくても、頭が良くて、スポーツ万能で、背が高くて、ハンサムで、ピアノが弾ける人かな。あと野球がうまい人。(こんだけ言っとけば、該当者なんていないし、みんなあきらめるでしょう。)」
「・・・・」
さすがに、ユウもだまりました。
しばらく平和な日々が続いたのですが、ユウから
「あのさあ、4組の石田がKに話があるらしいんだけど、聞いてやってよ。」
「なんでよ!私に関係ないじゃん。」
「Kになくても、向こうにはおおありなんだって。」
「私には、そんなの関係ないもん。」
「頼むよ、放課後、理科室ね。お願い!」
そういうと、ユウはさっさとどっかへ行ってしまいました。
放課後、理科室へ入ると石田君が待っていました。石田君は4組でたぶん1番かっこいい男の子で、成績は中の上くらい。野球部。いつも髪型を気にして、かっこばかりつけているので、私は嫌いです。
「恵さんよかったら付き合ってくれませんか。」
「ごめんなさい。」
そう言って、さっさとその場を離れました。後で聞いた話ですが、その後石田君は、泣いたそうです。情けない男だと思いました。
或る日、学校帰りに自転車がパンクしてしまいました。塾の時間は迫ってくるし、半べそで困って立ち尽くしていると、クラブ帰りのユウが止まってくれました。
「K、どうしたの?」
「パンクしちゃったの。塾に間に合いそうもないし、どうしよう。」半分泣きそうです。
「じゃあさあ、俺の自転車で帰れよ。」
「ユウあんたどうすんのよ。」
「歩いて帰るよ。とりあえず、この自転車、そこの自転車屋に預けて帰るから、あとで、家の人に取りに来てもらえばいいじゃん。」
「自転車貸してくれたら、あんたかなりの距離を歩いて帰んないといけないんだよ。」
「わかってるよ。」
ユウは、なんでもないような顔をしてけろっとしています。
「明日はどうするのよ。」
「歩いて学校へ行くから大丈夫。」
「朝練あんじゃないの?間に合わせるの大変だよ。」
「・・・・なんとかなるって。」笑っています。
「あんたの自転車はどうすんのよ?」
「明日、帰りにでも取りに行くわ。」(私んちまで?)
「また、歩きになるよ。」(歩くと結構あるのに)
「まあ、しかたないんじゃないの。」
この子はどっか切れてんじゃないのかな、どうも緊迫感がないというか、とぼけているというか、能天気というか。でも、成績も悪くないし、スポーツも出来るのよね。不思議な子だ。と思います。
後から聞いた話ですが、ユウは誰にでも同じように接するそうです。これはこれですごいと思います。
「ところで、Kの家ってどこなの?」
「あんた知らないで取りに来るつもりだったの?」
「だから、今聞いてるんでしょ。」
「じゃあ、明日一緒に帰りましょ。」
「それはちょっとまずいんじゃないの?噂になったりしたらK困るでしょう。」
「あんたとなら誰も噂しないわよ!」
「そうかなあ、じゃあ、一緒に帰りますか。」
そんなやり取りがあって、私は無事塾に間に合い、自転車もパンクが直って戻ってきました。ユウのおかげです。ユウっていつもあんなだったら、大変だろうなと同情します。子供心にも、人がいいのにも程があると思いました。
翌日、ユウと我が家へ自転車を引いて、話しをしながら一緒に帰りました。同級生は、私たちを不思議そうに見ていました。ユウを見ると何も考えていないのか、いつもの調子です。家に着くなりユウは
「何!Kの家ってここ?でっかい家だねえ。」
「ユウん家は?」
「うちは、社宅だから。」
「うち、そんなに大きい家じゃないと思うけど。」
「Kには、俺ら庶民の気持ちはわからん。」
「何訳わかんないこと言ってんのよ。入んなさいよ!」
「知らない人の家に入ったらだめって言われてるから、K、俺の自転車取ってきてくれよ。」
「なに馬鹿言ってんの。入んなさいよ。」
ユウは、渋々家に入ってきました。
「お母さん、自転車貸してくれた水野君が、自転車取りに来たよ!」
「お邪魔します。」
「いらっしゃい。本当にありがとうね。助かりました。」
「そんなこと・・・」ユウの声がだんだん小さくなります。
「恵がいつもお世話になって。」
「とんでもありませんです。」この子は何緊張してんだろう。言葉使いがおかしい。
「お母さんいいから、自転車、自転車。」
「はいはい、水野君ちょっと待ってね。」
「はい。」
運悪く、お姉ちゃんが帰ってきました。
「恵、あんた男の子家へつれてくるの初めてじゃないの。へえ〜。」
「お姉ちゃん!何変なこと想像してんのよ!」
「怒ったところがまた怪しい。」
「お姉ちゃん!!」
お母さんが、ユウの自転車を玄関の前に置いて戻ってきました。
「あんた達何を騒いでいるのよ!お客さんに失礼でしょ。」
「だって、お姉ちゃんが、変なこと言うから。」
お姉ちゃんはさっさと部屋へ行ってしまいました。後姿からあれは、絶対笑っていると確信しました。いつか敵を取ってやる。
私とお姉ちゃんのやり取りをみてユウは困った顔して、固まっていました。私はそれを見て、吹きだしてしまいました。
「水野君、コーヒーでも飲んでいきなさいよ。」
「僕は、コーヒーは飲めません。」何を言い出すかと思えば、普通ここは、遠慮して折角ですけど帰ります、でしょうよ。何なんだろうねこの子は。言うことにいちいち返事をしなくてもいいのに。
「じゃあ、ジュースでいい?」
「はい!」
小さな声で、ユウに聞かれないように
「お母さん、余計なことしないでよ。」
「いいじゃない。恵はともかく、お母さん水野君みたいな子のこと好きだなあ。性格も頭もよさそうだし。お姉ちゃんたちの彼氏も何人も見てきたけど、今まで1番だね。あんた見る眼があるよ!」
「そんなじゃないってば!」
「むきになるのはおかしいわよ。なんでもないんだったらそれでいいじゃない。そんなんだからお姉ちゃんにも怪しまれるのよ。でも、本当に、よさそうな子ね。」
「性格はともかく、頭がいいのは事実なのよね。何でお母さん、わかるの?クラスでも、それを知ってるの私を含めて4人くらいなんだから。」
「大人には、ちゃんとわかるのよ。」
「・・・・(本当かなあ、いい加減なこと言って当たっただけじゃないのかなあ。大人になればわかるのかなあ。まあ、考えてもしょうがないか。)」
「ごちそうさまでした。」
「おかわりは?」
「いいです。僕、帰ります。」
ユウが帰ろうとしている時に、間が悪いというかなんというか、おばあちゃんが外から戻ってきました。絶対何か言い出すに決まってる。お願いおばあちゃん何も言わないで。心から祈りましたが、その祈りも虚しく、
「あれまあ、どこのお坊ちゃんでしょう。こんにちわ。」
「こんにちは、お邪魔しています。」
「まあ、ちゃんとあいさつのできること。ほほほほ・・・」
ユウがまた固まりました。
「恵のボーイフレンドかい?うらやましいねえ。」
「おばあちゃん!変なこと言わないでよ。ユウ早く帰ったほうがいいよ。」
「もう帰るのかい。ご飯でも食べて行けばいいのに。そしたら、恵をあげるのにねえ。ほほほ・・・」
「おばあちゃん!!」
私は、恥ずかしくて、ユウを外に引っ張り出しました。
「Kのおばあちゃんいつもあんな調子なの?」
「・・・・」返事が出来ない。
「お母さんきれいな人だね。お姉ちゃんも美人でびっくりした。おばあちゃんは面白くてもっとびっくりした。ははは・・・・」
「ユウ、絶対学校で言わないでよ。」
「大丈夫。言わないと思うけど。ジュースおいしかったなあ。」
「わかった、また、今度飲ませてあげるから。」
「じゃあ帰るわ。」
「また、明日学校でね。」
「じゃあね。」
「ばいばい。」
しばらくユウの背中を見送っていたら、うしろから
「恵、青春してるねえ。」
「もう、お姉ちゃん!」
今夜の夕食は、辛い時間になりそうです。
案の定そうなりました。おばあちゃんもユウのことを気に入ったらしく、私があと50年若けりゃ絶対ほっとないね。なんていうもんだから、お父さんまで、今度俺に紹介しろと言い出す始末で大変でした。
次の日、学校で会ったユウは、いつものスポーツ小僧でした。少し安心しました。あれ以降もユウは、学校で私の家で起きたことは、一切話しませんでした。私と話をする時は、結構いろいろ話すのに、頼んだことは決して話さないのには驚きました。ユウの付き合ってる連中も、ユウの口が固いのを知ってて、いろいろ相談したりしているみたいです。私がどんな相談を受けているのか聞いても、何も話してくれません。そういう点では、こいつすごいなあと感心してしまいます。人の良さは相変わらずですが。
「あのさあ、6組の山口がKに話があるらしいんだけど、聞いてやってよ。」
「なんでよ!私に関係ないじゃん。」
「頼むよ、放課後、理科室ね。お願い!」
そういうと、今度もユウはさっさとどっかへ行ってしまいました。
放課後、理科室へ入ると山口君が待っていました。山口君は6組で多分もてるほうの男の子で、成績は上の下くらい。バスケ部。活発で明るい子だけど、いまいち決め手に欠けます。
「恵さんよかったら付き合ってくれませんか。」
「ごめんなさい。」
今度もそう言って、さっさとその場を離れました。
中学に入って初めての春の遠足は、バスで稲島海岸でした。バスの中では、みんな大騒ぎです。ガイドさんの声も聞こえません。ユウは、と見るとやっぱり、後ろのほうで大騒ぎをしていました。ガイドさんも途中で説明をあきらめたらしく、「皆さん歌でもうたいませんか?」
そこから、男子と女子の歌合戦が始まりました。歌った人が次の人を指名する方式です。最初はお調子のりの男子のユウの友達のケン君がうたいました。正直、どうリアクションをしていいのかわかりません。腹がよじれそうに痛いです。わざとでもこれだけ音ははずれないと思います。次は、女子の番、そして男子と歌はうたわれていきます。
いよいよ私の番になりました。私は隣に座っている佳子ちゃんとザ・ピーナッツの「恋のバカンス」をうたいました。
ためいきの出るような
あなたのくちづけに
甘い恋を夢みる
乙女ごころよ
金色にかがやく
熱い砂のうえで
裸で恋をしよう
人魚のように
陽にやけたほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス
陽にやけたほほよせて
ささやいた約束は
二人だけの秘めごと
ためいきが出ちゃう
ああ恋のよろこびに
バラ色の月日よ
はじめてあなたを見た
恋のバカンス
多分音程ははずれていなかったと思います。(だって小学校へ入る前からピアノを習っているんですから。)思いっきり笑ってやるつもりで、私はユウを指名しました。
こいつは、見るからに歌をうたえそうにありません。ユウは、「Kふざけんなよ」と叫んでいましたが、指名された以上うたわなければなりません。ユウ、笑わせてよ。そう思いながら、歌を待ちました。
「じゃあさあ、安達明の女学生でもいいかなあ。」(あんたそんな歌うたえんの?恥かくだけだから童謡にしておけばいいのに。)
ユウがうたい始めました。
うすむらさきの藤棚の
下で唄ったアベ・マリア
澄んだ瞳が美しく
なぜか心に残ってる
君はやさしい君はやさしい女学生
セーラー服に朝霧が
流れていった丘の道
赤いカバーのラケットを
そっと小脇にかかえてた
君は明るい君は明るい女学生
はるかな夢とあこがれを
友とふたりで語った日
胸いっぱいのしあわせが
その横顔に光ってた
君はすてきな君はすてきな女学生
騒がしかったバスが静かになりました。うっそ〜、何?何が起こったの?何がどうなったの?めちゃくちゃうまいじゃん。ええ〜、そんなの聞いてないよ!バスが目的地についたとき、クラスの女子は、ユウのファンクラブ状態です。成績のことも誰かからもれたらしく、女子のみんなは「ユウ君は頭もいいんだって。」などと、どんどん盛り上がっています。あんたたちは今まで、ユウのこと何とも思ってなかったじゃん。何故か、だんだん腹が立ってきた。遠足以降、ユウを見る女子の眼がかわっていきました。
秋になると文化祭で、合奏コンクールがあります。全部のクラスが出場すると、時間的に大変なので、各学年3クラスを1つの単位にチームを作ります。その3クラスの中から演奏に参加する生徒を選抜します。私は、ピアノ担当です。ブラスバンド部に入ってる子は、当然のように選ばれていきます。さすがに、このときは、ユウは、隅っこのほうで目立たないようにおとなしく座っていました。
ほとんどの楽器奏者が決まって、最期に小太鼓だけが決まりません。先生は、「自薦、他薦を問わないので、小太鼓できる人いませんか!」と叫んでいます。すると誰かが、
「小学校の時、鼓笛隊で小太鼓たたいた人がいればその人にやってもらったらいいと思います。」
先生「じゃあ、小太鼓たたいていた生徒、前へ。」
何と4人もいました。あれえ、なんでユウそこにいるのよ。恥をかくだけだからひっこんでればいいのに。馬鹿正直なんだから!
先生「4人か・・・小太鼓は3人でいいんだよなあ。」
ユウひっこみなさい。そのほうがいいから。心の叫びは届きません。
先生「小太鼓はドラムマーチのソロがあるから、ソロを決めたいので、4人にたたいてもらおうか。」
ああ・・引っ込んでればよかったのに。恥かくだけなのに。
先生「4人とも、ドラムマーチの楽譜は読めるよな。」
ユウ読めるの?見栄張っちゃだめだよ。
すると、1人の生徒が、「読めません。」
結局残ってるじゃん。本当に読めるのかなあ?
先生「じゃあ、誰がソロをたたくか、テストします。じゃあ右の君からね。」
この順番で行けば、ユウは最期です。自分が下手だと思ったらソロは辞退しなさいよ。でも、あの子そんなことに気が回るような子でもないかなあ。
最初の子は、何とか演奏したという感じです。私でもあれくらいはたたけそうです。次の子は、最初の子よりはずっとましです。この子で決まりです。ユウお願い辞退して。
最期の奏者はユウです。何故か、心臓がどきどきしてきました。たたき始めました。うっそー、何、何で、どういうことなの、めちゃくちゃうまいじゃん、どうなってるの。ソロはユウに決定しました。何で私こんなに喜んでいるんだろう。不思議な小僧です。
お昼休みには、ユウのこの話は、同級生の女子に知れ渡っていました。
文化祭での演奏で、ユウは学校で知らない生徒がいないくらい有名になりました。関係ないのに、何か複雑な気分です。
秋になると、クラブ活動も3年生が引退して、1年生にも試合のチャンスが回ってきます。私もユウも市の1年生大会の選手として出場しました。私のペアは、がんばったのですが、4回戦で負けてしまいました。悔しくて涙が出そうになりました。ユウはというと、どんどん勝ち進んで、次が準決勝です。ゲームが始まり、同じ学校で残っているのが、ユウのペアだけとなったため、部員全員で応援です。ユウも調子がよく(テニスしている時は何故かかっこいいんだよな)、ファーストサービスでほとんどエースをとっています。レシーブのショートクロス、ミドルパッシングが冴え渡り、一方的な試合になってきました。応援の熱も上がります。いよいよマッチポイントです。最期は、相手の後衛がネットにかけてゲームセットです。すごい、すごい。みんな大騒ぎです。普段のユウとは違い、コート上での姿は、私でもぐっときます。
決勝戦は、15分後と放送が入りました。顧問の先生のほうが、興奮して、テニスもできないのに必死でコーチしています。「落ち着け、まず、落ち着け。」落ち着くのは先生あなたです。「あせるなよ、絶対あせるなよ。」あせっているのはあなたです。こんなときユウはというと、私に気づいて笑っています。「あんたはもっと、緊張感を持ちなさい。」
アナウンスが入り、ユウたちがコートに入りましたが、相手ペアが入ってきません。しばらくしてから、顧問の先生が大会本部に呼ばれていきました。どうしたんだろう。何かあったのかなあ。すると、先生とユウたちが戻ってきました。
「ユウどうなったの?」
「相手の後衛の子が足に痙攣を起こして棄権したんだってさ。」
「ちょっと、それって優勝ってこと?」
「そう、優勝みたい、でも今日は調子よかったから、試合したかったなあ。相手の子もかわいそうだよね。あいつとなら、クロスの絞りあいができると思ったのになあ。」
「何ぜいたくいってんの。優勝、優勝よ。すごすぎ。」
「運がよかっただけだから。」(なんでこの子はこんなに欲がないのかねえ。)
先生も大興奮です。男子の優勝は、我校始まって以来の快挙です。テニス部の女子のユウを見る眼が変わっています。他校の女子もユウたちを見ています。何もなければいいけど。でも、優勝できて、本当によかった。なんか泣けてきた。何でだろう?
ある日の放課後、同級生の中でも美人で知られる真弓が、
「K、ユウ君と仲がいいんでしょ?」
「友達だけど!」
「ほんとに友達だけ?」(何それ、今まで知らん顔していたくせに。)
「そうだよ。」(笑顔で)
「じゃあさあ、紹介してくれない?お願い!」(だから何それ、だんだん腹が立ってきた。)
「聞いてみるだけ聞いてみるね。だめでもうらまないでよ。」
「うらまないわよ。お願いね!」
何、このいらだたしさは、彼女、ユウのこと今まで何にも思ってもいなかったくせに、いまさら、絶対おかしい。でも、とりあえず、ユウに聞いてみないと。
「ユウ。」
「何?K。」(何でこんなのがいいんだろう。ただの人のいいスポーツ小僧だよ。)
「明日、天気いいかなあ?」(なんて馬鹿なことを聞いたんだろう)
「何言ってんの!そんなのわかんないよ。」
「そうだよねえ。」
「それで何?」
「それだけ。」
「何それ、じゃあコート行くね。Kも遅れないうちに行ったほうがいいよ。」
すごい、自己嫌悪に落ちいってしまった。ああ、どうしちゃったんだろう?この、のどに何か詰まったような、そして胸の苦しさは何だろう?
その晩、絶対馬鹿にされると思ったけど、お姉ちゃんに今日、真弓がユウを紹介して欲しいと言ってきたこと、これまでの遠足での出来事や学校での出来事、ユウが変な男を紹介してくることを話してみました。お姉ちゃんは、意外なことにちゃんと話しを聞いてくれました。
「あんたさあ、彼のこと本当は好きなんじゃないの?私の経験から言うと多分そうだな。きっとそうだと思うな。」
「そうかなあ。」
「そうよ、だいたい関係ないんだったら、紹介できたし、腹も立たなかったんじゃないの?」
「でも。」
「デモもヘチマもないわよ。なんか心当たりないの。」
「・・・・」ないこともないか。私の日記には、中学入学の時から、何故かユウが登場している。最近はユウのことを書くのが日課のようになってるのは事実だわ。でも、なあ。確かにお姉ちゃんの言うとおり何でもないんだったら、こんなにいらつくのはおかしいような気もするし。
「ゆっくり考えてみな。あ、そうそう、お母さんには相談したらだめだよ。面白がって、みんなに言いふらすから。私、それで大変な目にあったから。
相談するんだったら、おばあちゃんのほうがいいよ。普段はとんでもない人だけど、相談事はちゃんと聞いてくれるから。」(うーん、お母さんが信用できないのはわかるけど、おばあちゃんはもっと信用できないような気がするけど。)
「考えてみる。」
部屋へ戻って、考えてもよくわかりません。日記を読みながら、ここからどうゆうことで、私がユウのことを想っているのか、わかりません。好きだの、かっこいいだの、会いたいなんてことは一言もないんだけれど。おばあちゃんに相談しようかな。やっぱ止めようかなあ。でも明日、ユウの返事を真弓に伝えないといけないし。どうしようかなあ。なかなか決断が出来ません。
「おばあちゃん、ちょっといい?」
「あら、恵、めずらしいね。何、深刻な顔をしてんの。中へ入んなさい。」
「・・・・」
「どうしたの?なんかつらいことがあったのかい?」
おばあちゃんのやさしい言葉に涙が止まらなくなってきました。
「泣きたいときは泣いたほうがいいよ。でも、下を向いて泣いちゃだめ。前を見てないと大切なものが見えなくなるよ。」
私は、おばちゃんを正面に泣きました。泣きながら、これまでのいきさつを話しました。おばあちゃんは、ニコニコして聞いています。話し終わったときには、涙は止まっていました。
「ユウ君て、この間家にきた子だね。恵、あんた男を見る眼はあるよ。あの子はきっと恵を幸せにしてくれると思うよ。」
「何で、わかるの。」
「大人になればわかることなんだけどね。今の恵には難しいかもしれないね。ただ、あの子はいいよ。あんたそれが、わかってるんでしょ。」
「わからないから、相談にきてるんでしょ。」
「わかってるから相談にきたのよ。わからなかったら、相談なんかしないのよ。」
「私どうしたらいい?」
「そうだねえ、恵くらいの頃、おばあちゃんがおじいちゃんにやったこと教えてあげようか?」
「何をしたの?」
「おばあちゃんはね、今の恵とおんなじでこれでも昔もてたのよ。男の人からいっぱいお話があったの。おじいちゃんに初めて出会ったのは、16歳のときだったかね。話してて疲れない人だなあって思ってこの人ならと思ったのよ。でもねおじいちゃんも、おばあちゃんほどではないにしろ、女の人からもてたの。」
「それで?」
「おばあちゃんはね、友達がおじいちゃんを紹介して欲しいって言ってきたときは、聞いておくわといって、おじいちゃんには一度も紹介しなかったの。」
「じゃあ友達には、なんて言ったの。」
「どうもあの人心に決めた人がいるらしくて、ごめんなさいって言ってたわ、って返事をしてたわ。」
「じゃあ、おじいちゃんは、もててたの知らなかったの?」
「そう、結構そういうところ能天気な人だったから。」
「でも、おばあちゃんが途中で嫌いになったらどうするつもりだったの?」
「そんなことにはならないのよ。」
「なんで?」
「おばあちゃんは、おじいちゃんと出会うべくして出会ったからよ。それは運命なの。赤い糸で結ばれていたのよ。」
「でも、糸なんか見えないじゃん。私には何も見えていないもん。」
「おばあちゃんもね、おじいちゃんのことでおばあちゃんのおばあちゃんに恵と同じようなことを相談したの。」
「それで?」
「おばあちゃんは言ったわ。『あなたは出会ったの。その人に。会うべくして出会ったのよ。おばあちゃんには、あなたとその人の赤い糸が見えるわよ。』って。」
「本当なの!本当の話なの!それで私の糸は?」
「あの男の子が来たとき、おばあちゃんが言った言葉憶えているかい?」
「ご飯でも食べて行けばいいのに。そしたら、恵をあげるのにねえ。って。え〜!!それって、おばあちゃん糸が見えてたの。」
「さあ、どうでしょう。」
「そうなんだ、糸が見えたんだ。」
「あらあら、さっきまで泣いてたお嬢さんはどこへ行ったのでしょう。」
「これから、どうやってユウと接していけばいいの?」
「今までどおりでいいのよ。あと運命が導いてくれるから。」
「ほんと?」
「ひとつだけ気を付けなさい。おじいちゃんもそうだったけど、あの手の人は、気がつかずに通り過ぎていってしまうことがあるの。そのときは、思い切って気づかせないといけないわよ。それは、まだまだ先の話しになるだろうけど。あの子、ユウ君だっけ、おばあちゃんがおじいちゃんと出合った頃と雰囲気似てるのよねえ。だから、あんたがぶれたらだめ。運命を信じてがんばってみなさい。」
「うん、おばあちゃん、そうする。」
「おばあちゃんも、元気でがんばらないと、ひ孫の顔が見られなくなるねえ。」
「なに気が早いこといってるの。おばあちゃん、ありがとう。勉強してから寝るね。おやすみなさい。」
「はい、おやすみなさい。」
翌日、真弓に
「きのう、ユウに話したんだけどさあ、小学校の6年生で岐阜のほうから転校してきたらしいんだけど、そのときから仲良しで、文通してる子がいるから、今はごめんなさいって。言ってた。」
「そう、小学校から彼女いたんだ。そうだよねえ。ほっとかないよねえ。」
「ごめんね。」
「何で、Kがあやまるのよ。あんたのせいじゃないんだから。嫌な役させちゃったね。こっちこそごめん。ああ、ショックだなあ。」
心の中で、真弓に謝りました。ごめん、今のうそ。その日のうちにその噂は女子に知れ渡り、それ以降誰もユウを紹介して欲しいと言ってくる同級生の女子はいませんでした。無論、ユウはそんなことは一切知りません。
私の気持ちを知らないまま、ユウは他所のクラスの男子を紹介してくれます。
そんなことが3回くらい続いたので、頭にきて、
「ユウ!あんた、いい加減にしてよ!もう、変な男連れてこないで!」
それでも、ユウは頼まれると断れないらしく、私に男子を紹介しにきました。ユウって、まったく鈍感なんだから。紹介される男子への返事をするのもだんだん面倒になってきて、
「ごめんなさい。私結婚する人決まってるから。」って言うことにしました。
っていうか、そう決めたから。おばあちゃん曰く、出会いに早い遅いはなくて、12歳の私は、運良く早く出会っただけなんだそうです。
中学の1年の終わり頃ユウが、浜松の幼稚園のときに近所に住んでいた女の子由美ちゃんと文通をしていることを知りました。彼女とは高校を卒業するまで手紙のやり取りをしたようですが、卒業してから突然手紙が来なくなってしまい、ユウはがっかりしていました。私は、そのことを知りほっとしました。
ユウが文通をしていることを知った時、少し気になって訊いたことがあります。
「ユウあんた、よく手紙なんか書き続けられるね。どんなこと書いてんの?」
「何で、Kにそんなこといわれないといけないんだよ!関係ないじゃん。」(関係おおありなんだってば)
「私のこととか、変なこと書かれてたらいやなんだもん。」
「Kのことなんか書かないよ。」
「本当だろうね!」
「本当だって。」(どうも、信用できない。)
こんなやり取りがありました。文通なら私がいくらでもしてあげるのに、結構マメなんだと思いました。
ユウとは、運良く3年間同じクラスになりました。遠足、文化祭、体育祭、修学旅行、クラブ活動と楽しい3年間でしたが、3年になって、進学先をそろそろ考えなくてはなりません。
「ユウ、あんた高校はどこへ行くつもり?」
「桜山高。」
「桜山高?」
「本当は、瑞巌高へ行きたいんだけど、入ってから大変かもしれないって、先生に言われたからさあ。それに、桜山高なら間違いなく入れるだろうから。ケンも受けるって言ってるし。」
ユウなら簡単に入れるだろうけど、桜山高って30番以内に入っていないといけないんですけど。さすがに、私は、無理。一緒の学校に行きたいけどこれだけは、同じ高校に行って、とはとても言えそうもありません。それに、我が家は、女は、白鳥高校という、ミッションスクールへ行くことに決まっています。おばあちゃんも、お母さんも、お姉ちゃんも全員白鳥高、白鳥大です。両親に、公立高校へ行っても言っていいか聞いたことがありますが。せめて桜山高へ行くのならと言われました。あきらめました。がんばったけれど、さすがに私ではあそこは無理です。500人いて、30人はきついでしょう。おばあちゃんが言った「気がつかずに通り過ぎていってしまうことがある」ことのないように対策を考えなくっちゃあ。
私は、2月、無事白鳥高に合格しました。
バレンタインデーの日には、ユウにチョコレートをプレゼントしました。3年間、それも手作り。
「K、白鳥高合格おめでとう。」
「ありがとう。ユウ、はいチョコレート。」
「ありがとう。義理でもチョコレートくれたのは、Kだけだね。」
「仕方ないでしょう。あんたなんか、もてるわけないもの。」
「そうなんだよなあ。俺何か悪いことしたかなあ?何もしてないと思うけどな?」(そう、あなたは、何も悪いことをしていません。私が全部悪いと思います。後輩の告白も全部私のところでとまっています。ユウ、それとみんなごめんね。でもユウ、本当は義理チョコじゃないんだよ。本気の本気。)
「まあ、何にもないよりマシじゃない。」
「そうだね。」(ほんとにこの子こんなので大丈夫かな?受験。)
「今度会えるのは、卒業式だね。」
「そうだね。とりあえず、合格できるようがんばってみるわ。」
「がんばれば、絶対受かるから。」
「ありがとう。じゃあね。」
今年もホワイトデーのお返しはくれないんだろうなと思います。ユウにはそういう日があることすらわからないんだと思うから。案の定お返しは今年もありませんでした。
ユウの受験は3月卒業式の2日後です。本当は電話をして、話をしたいけど、我慢しました。卒業式には会えるから。
卒業式は、なぜかあっという間に終わってしまいました。教室に戻って、みんな名残を惜しんでいます。教室の外が騒がしくなってきました。校門のところでもいくつも人の輪が出来ています。後輩たちも集まり始めています。ユウをふとみると、窓の外をじっと見ています。
「ユウ何考えてんの?」
「今日で最期かなと思うとなんか。」
「ユウに似合わないわよ。元気出して元気。」
「Kはさあ、高校決まってるからいいけど、俺、まだだからさあ。最近ちょっと不安なんだよね。」
「何言ってんの。あんたらしくない。大丈夫だって、私がついてるじゃん。」
「Kが?意味がわかりませんけど。」
「いいの、いいの。」
そんな話をしていると、テニス部の後輩が教室に入ってきました。
「加藤先輩、下でテニス部のみんなが記念写真に入って欲しいって待ってますからお願いします。」
「わかった、ユウと一緒にすぐ行く。」
なんかどきどきしてきた。朝お姉ちゃんから「恵、絶対ユウ君の第2ボタンもらっておいでよ。他の人に取られちゃったらすごいショックだよ。大丈夫なんて思ってたら、とんでもないことになるよ。卒業記念だから、女の子たちは、男の子に彼女がいようがいまいが、関係ないからね。がんばんなさい。」こういわれてきたけど、何もきっかけがない。どうしよう。そんなときユウが話しました。
「K、バレンタインデ―ってお返ししないといけないんだって、それホワイトデーっていうの知ってた?」
「知らないのあんたくらいのものよ。ばっかじゃない。」
「俺、3年間何にも返してないよな。悪い。」(ううん、あんたには幸せをいっぱいもらったから、これからももらうつもりだし。)
「ユウあんたからもらえるなんて思ってないよ。どうせ義理だし。」
「でもなあ、なんか返せるものがあるんだったら、いってみてそれを渡すから。卒業証書はだめだけど。あとお金は200円しか持ってない。」
「ば〜か。何にも持ってないじゃん。」(胸の第2ボタンが欲しい。気がつきなさい!)
「そうだよなあ。」(何で気がつかないのよ。私から言うしかないか。)
「じゃあさあ、胸の・・」
「りぼんはだめだろう。これ学校のじゃん。」(こいつはまったく、本当にいらつく!!え〜い言っちゃえ!)
「胸の第2ボタンちょうだい!」
「こんなんでいいの。待ってて」
(こいつ、第2ボタンの意味もわかってない。)
「はい、どうぞ。でも第1ボタンのほうがよくない?」(ああ〜)
でも、ユウの第2ボタンはもらったから良しにしよう。
「それと、胸の第2ボタンをあげた人の名前をしゃべると地獄に落ちるらしいから気をつけてね。」
「え〜、じゃあ返せよ!」
「男が一度くれたもの返せっていうのはもっともしてはいけないことだっておばあちゃんが言ってたもん。」(誰が返すもんですか。馬〜鹿。3年間の私へのこれはご褒美です。)
校門の所で、後輩たちが待っていました。「恵先輩一緒に撮ってください。」女子も男子もかわるがわる写真に入ります。ユウも、もみくちゃにされながら、写真に収まっています。誰かが「水野先輩の第2ボタンがない。」と騒ぎ始めました。みんな口々に、うっそー、えー、何でー、とかいっています。「誰にあげたんですか?」質問がとんでいます。釘をさされたユウは、笑って何も答えません。みんなごめんね、私がもらいました。ユウは絶対に口は割りません。そういう点では安心です。そのうち誰かが、「どのボタンでもいいので下さい。」いいよと言ってユウは、上着を脱ぎました。あっ、もらい忘れたというより、他の子に取られたくないものがまだあった。慌ててユウにそっと耳うちしました。
「ユウ、忘れてたけど、第2ボタンと名札はセットでないと。ばらばらにすると地獄へ行かされて、あんた引き裂かれるよ。」
「え、え〜。それは困る。」(何でこうも簡単に人の話を信用するかねこの子は。でもうまくいきそうです。)
「どうしたら?」
「取られないように言っとけば!」
「ボタンはいいけど、名札は卒業記念にとっとくから、絶対持っていくなよ!」(やり〜。)
こうして名札は私のものとなりました。上着が返ったときは、ボタンは袖も含めて、何一つ残っていませんでした。やっぱり、結構人気あったなこいつ。
最期に、同級生同士で写真をとりました。クラブ3年の集合写真のユウの上着にはボタンがありません。学生服でないみたいです。最後ということで、私は他の友達(男子も女子も)と2人づつの写真をとってもらいました。初めてユウとのツーショット写真を撮ってもらうためにです。冗談のように振舞って、本気で腕を組んだ写真を撮ってもらいました。ユウも笑顔です。(よっし!)
名残はつきませんが、校門を後にしました。後輩が泣いています。私も泣いてしまいました。本当に素敵な3年間でした。この中学が母校でよかったです。先生ありがとうございました。後輩のみんなもありがとう。同級生のみんな、クラスメイト、クラブの仲間、本当にありがとう。ユウは、笑っています。あんたはそれが1番。あんたに1番感謝してる。ありがとうユウ、受験がんばって。
次回へ続く