冬休みは泊り込みのアルバイトで、実家へ帰る予定はなかったのですが、思わぬ足の怪我で帰る羽目になってしまいました。
正月明け、下宿に戻る前日にAちゃんと会うことになりました。喫茶店に入り、彼女の就職で悩んでいる話を私はじっと聞いていました。何のアドバイスもできず、何の役にも立たない自分が情けなく思えました。私は足の怪我の痛みのこともあり、その日は別れることにしました。彼女を駅に送る途中、名古屋駅でKとばったり顔を合わせました。
K「帰ってたの?」
「うん」
K「いつ」
「4日前」
K「ふ〜ん、どなた?」
私がAちゃんを紹介すると、明るく、
K「はじめまして、加藤 恵です。よろしく。」そう笑顔であいさつすると、さっと人ごみの中へ消えていきました。
A「今の人誰?」
「中学の同級生だけど。1年の時からの付き合いなんだ。」
A「きれいで素敵な人ね。」
「性格は悪いと思うよ。」
A「そうかなあ。そういう風には見えなかったけど。」
その後、Aちゃんはあまり話さなくなりました。
彼女の顔をのぞくと、何故か違和感が。Kに対するものなのか、私に対するものなのか、それとももっと違う何かなのか、この違和感は何だろう。不思議な感覚のまま実家へ帰りました。
その晩Kから電話が入りました。中学時代から仲も良かったこともあり、Kの実家へもよく遊びに行き、食事を一緒にすることも度々です。大学生になってからも実家に帰ったときなどは、よく色々なところへ無理やり誘ってくれていました。二人だけでの時間も彼女よりははるかに長く、一緒にいても決して疲れないのでKと会うのは嫌いではありません。。
K「いつ下宿に帰るの?」
「明日」。
K「・・・・何で?」
「電車。」
K「理由よ、理由!」
「大学。」
K「何で、ユウは、いっつも、結論しかいわないだろうねえ!じゃあ駅まで送るわ。」
「・・・・何で?」
K「何時の電車?」
「12時。」
K「じゃあ、10時有松駅前ね。」
『ガチャ』。ツーツー。
電話が切られてしまいました。何だ。一体今の電話は、何なんだろうとは思いましたが、いつものことなので、まあ少し電車には早いけれど付き合うことにすることにしました。あのとき、すっぽかすという手段もあったと今は思いますが、このときはそんなことは考えつきもしませんでした。
待ち合わせ時間の15分くらい前、駅に着くとすでにKは私を待っていました。
K「遅い!」
「ええ〜。15分も前に着いたのに、遅いといわれても。」
K「わたしは、30分前には着いたよ!」
「ええ〜。そんなこといわれても。」
Aちゃんとは相当違い、いつもこんなペースなのですが、それはそれで、楽しかったりはします。
「今からどうする?」
K「荷物ロッカーに預けたら。」
「何で?」
K「歩くから。」
「え、え〜。」
K「はい、文句はいわない!」(笑顔)
強引ですが、悪気はないのでKのいうとおり、足の痛みはありますが歩くことにしました。
駅前を抜けて、線路沿いを行くと、小学生の頃よくみんなで遊んだ神社があります。その神社に向かって歩き始めました。いつもはうるさいくらい話をするKが黙ったまま歩き続けています。Aちゃんのことを話してなかったことが気に入らないのかなあ。などと考えながら私も一緒に歩きました。気が付くと神社の境内です。
K「・・・・・」
「何か言いたいことがあるの?何でしゃべらないの?」
K「・・・・・」
「何?」
K「何で帰ってきたことを言ってくれなかったの?帰らないんじゃなかったの?」
「それは、足を怪我して・・・」
K「え、え〜。どうして知らせてくれなかったの!」
「急だったから。」
K「認められません!」
「何で?」
しばらく、沈黙の後
K「・・・・・昨日の女の人、彼女?」
「まだ、そこまでいっていないと思う。彼女もそこまで考えているかどうか。」
K「ふ〜ん。どんな関係?」
高校時代Kに話しをしたためにひどいめにあった経験があったので、Kには、Aちゃんのことは今まで一切話をしていませんでした。そこで、小学校でAちゃんと出会ったときから昨日までのことをかいつまんで話をしました。
K「うっそー。彼女、あなたの初恋の人なの?」
「そうなるかな。」
K「付き合ってるの?どうなりたい訳?」
「わからない。Kに聞かれて・・・、Aちゃんとは付き合っているかどうかといわれると、どうも返答に困るような関係で、無論、恋人でもなんでもないけど、しいていえば憧れかな。だから、どうといわれてもなあ。」
K「じゃあ、ちゃんと付き合ってる訳じゃないの?」
「そういわれれば、そうなるかな。彼女もそういう風にはまだ思っていないんじゃないかな。」
K「だからユウは、馬鹿なのよ。」
「何でよ!」
K「彼女は、ユウに好意をもってるわよ!」
「何でわかるの?」
K「女同士、そのくらいわかるのよ!」
「・・・・」
K「彼女、卒業でしょ?能天気な学生のユウはどうすんの?」
「あんまり、考えてないけど。」
K「社会人になった彼女とどう付き合ってくのよ!彼女はそれでいいの?」
「もう少し先の話だから、そこまで・・・」
K「彼女に何を求めてるの?」
「・・・・」
K「あんたの夢は?」
「・・・・」
K「何か言いなさいよ!」
「少し黙って!」
沈黙の中で、色々な想いが頭の中を駈け回っていました。自分の中に急に湧き出した苛立ちは一体何なのだろう。私の胸の中に秘めていた彼女への想いと現実とのギャップが、今、初めて私に襲い掛かってきました。
近くにいれば、それとはなしに気づくべきものだったのでしょうが、遠くにいたがために夢を見てしまったのでしょうか。お互い学生ならそれなり共通点も多いはず。だから、当面の問題はそれぞれ同じスタンスで考えられることも多いのかもしれません。が、確かに彼女が卒業してしまうということは、彼女が社会に出て、学生ではなく、真剣にその中で生きようとするとき、やはり私はまだKの言うとおり能天気な学生なのです。真剣に物事を考えても、なかなか実行に移せない自分というのがよくわかっています。言うことは言えてもただそれだけのことなのです。情けないことに、責任は持てないのです。
Kに言われて、自分自身に彼女のことを問いただしても、今、何も返ってこないのです。何故か、背を向けて走っていきそうになるなさけない自分がいるだけなのです。真剣に考えれば考える程、私の心は、苛立ちと情けなさで殻の中にとじこもってしまおうとするのです。
「これから考えてみるわ。」
K「これから?付き合っていくの?ユウの夢は?彼女に話した?」
「付き合うかどうかは、俺だけの問題じゃないし、彼女の意思もあることだし。夢の話はしていないけど。」
K「学者になるということは、何年も待たすってことでしょ。今のユウは、英子さんにそんなことをえらそうに言えるの。」
「・・・・」
何でこんな話になっているのだろうか、何でKにこれだけ責められなければならないのかわからなくなってきて、
「何でこんな話になるかなあ。誰のこと心配してくれてるのかわからないけど。どうしてこんなに責められないといけないのかなあ!」
K「ふたりの女の人生が、このうすらトンカチにかき回されないようによ!」
「(二人?)そんな言い方をしなくても。それじゃどうすりゃいいんだよ。」
K「自分のことでしょうが。私のこともちゃんと見てなかったでしょう。」
「えっ、えー・・、どういうこと?」
K「私のことは?」
「私のこと?」
K「私のことは、どう思ってるの?」
「いきなりどうといわれても・・・どういう答え方をすれば・・・」
K「私はどうすればいい?」
「・・・・」
その時、私には何が何やら訳がわからない状態となっていました。
K「私は・・・」
Kの顔見るとKの頬から涙が零れ落ちていました。
「何で?」
K「・・・・」
私は狐につままれたような顔になっていたと思います。どこがどうなったらこういうことになるのか、見当がつかないとはこういうことなのかと。
「俺、何かした?」
K「・・・私の気持ちに気がついてなかったの?ばか!」
「・・・・(そう言われてみれば、でもな〜)」
Kは誰から見ても、美人で、気立てがよくて(私にはその点だけは納得できるものではありませんでしたが)、聡明で、容姿端麗とはKのためにある言葉と思ってましたから。たまに、実家へ帰ってきたとき、Kと街中を歩くと、大抵の男性は必ずと言っていいほど振り返ります。あるとき、交差点で信号待ちをしていたとき、初老の紳士が、突然私に「きれいな娘だね。皇后様みたいだね。」と話していってしまいました。皇后様?昭和天皇の?そんなこともあったのです。
その、Kが「とりがら」と言ったこの俺を?どう考えてみても、私は、男としてみてもらえてなかったと思うんだけど。中学の時に聞いたKの好きなタイプには程遠いところにいたと思うんですけど。だから、中学の時すぐにあきらめたんだけど。そんな思いが頭の中を駆け巡ります。
「伴先輩は?」
K「伴先輩?」
「高校に入ったときから伴先輩と付き合ってたんじゃないの?」
K「そんなデマ誰に聞いたの?ばっかじゃないの!」
「伴先輩がKに告白したってケンに聞いたけど。」
K「告白してきたけど、タイプじゃないから断った。」
「タイプじゃない?どう考えたって、中学のとき言ってたKの好きなタイプって、伴先輩しか思いつかないじゃん。実際当てはまるし。」
涙しながら、
K「だからあんたは、馬鹿なのよ!」
「・・・・」
K「私が初めて自分から好きになった人に出会ったのは、中学1年だったの。それが私の初恋だったの。」
「だから、伴先輩じゃなかったの?」
K「本当にユウは馬鹿ね!」
「(だんだん腹が立ってきた)言ってる意味がわかりませんけど。」
K「子供って、嫌いな子に、いたずらしたり、意地悪する?その子は、同じクラスにいたの!そばにいて気づかなかったの!」
「・・・・?」
私を見つめたまま、Kの瞳からは、今も涙が零れ落ちています。
K「・・・・」
「俺!俺なの?」
K「・・・・」
Kは小さく頷きました。
沈黙が続きました。何をどう話していいか頭の中が真っ白です。
K「電車の時間だね。駅に行かないと。」
「うん」
何と煮え切らない男なのだろう。
われながら情けないとは思いつつも事態の収集がつきそうもありません。どうしていいのかわからないまま時間が過ぎていきます。どう考えても、Kの理想のタイプと私ではまるっきり違うと思っていたのですが、私といえばスポーツがそこそこできるくらいで、後は、う〜ん。
「今度ゆっくり話そう。」
何とも情けない言葉を!
K「うん、駅まで送っていく。」
二人とも黙ったまま、境内を出るための小道を駅まで歩きはじめました。二人が寄り添うように歩くのは初めてかもしれません。いままでも、Kから腕を組んできたり、疲れたといって私が手を引いて歩いたことはありましたが。一人の女性として意識して歩いたことはなかったのです。
ただこれも、私が何も気がついていなっかっただけなのかもしれません。気づいていなかったのです。しかし、前に私が、冗談で手をつなごうとしたときKに「何すんのよ」と蹴りを入れられたことがあります。
何故か緊張して来ました。
私の左手の甲が偶然なのか意識してそうなったのかはわかりませんが、Kの右手の甲に触れました。一瞬やばいといつもの感覚に戻りましたが、何も起こりません。今度は指が触れました。そして二人が初めて、出会って8年目でお互いの意思で手が握られました。心臓が口から飛び出しそうです。
Kの体が徐々に私に寄り添うように近づき、Kの頭が私の肩にくっついてきました。Kとの初めてのできごとでした。なぜか足の痛みがなくなりました。この日が私にとって、多分Kにとっても大きな転機となりました。今となって、初めて自分自身の気持ちがわかりました。二人はほとんど話しませんでした。ホームでも。私が電車に乗っても。下宿に戻るのがこれほどつらいのは初めてです。列車の扉が閉まる直前Kの唇が動きました。
電車の中で私はどのような顔をしていたのでしょう。魂の抜け殻のような顔をしていたことが想像できます。運命というのは、皮肉なものです。あんなに子供のころ思いつめていたことが、自分にはAちゃんだけだと思っていたことが、自分にはこの人が今はいると考えていたことが、こんなに簡単に覆ってしまうものなのでしょうか。
家から離れ、手紙のやり取りで気持ちが分かり合えるようになったと思ったのに、彼女とはまったく無縁の彼女の知る由もない人が私の中にすでに、入ってしまっていたとは。運命なのか偶然なのか、まるで悲しい喜劇ではないのでしょうか。私には笑うべきもありませんが。
下宿に戻った翌日、Aちゃんからの手紙が届きました。Aちゃんに申し訳ないという思いと自分自身の情けなさに、なかなか封があけられません。いつか、どこかでこういうことになることはわかっていなければならなかったのですが、今、私は自分が想像していた道と違う道を歩き始めてしまっているのです。
思い切って開封しました。Aちゃんの手紙は普段どおりの文章と内容でした。胸が痛いです。返事を書こうと思いますが、何を書いていいのか、どうすればいいのか、ペンは止まったまま動きません。こんなことは初めてです。返事を書くのに1週間かかってしまいました。
一生懸命書きました、情けないことに、何を書いたのか記憶にありません。Aちゃんへの申し訳のなさで、書くこと、出すことがこんなつらい手紙はありませんでした。失礼にならないように返事は書いたつもりです。彼女は、どのように受け取ってくれるのでしょうか。
下宿の部屋で、ひとりふと振り返ったとき、Aちゃんの笑顔が思い出せたのは少し前、今は駅で見送ったときのAちゃんの無表情の顔しか浮かんできません。
風が吹いて、
雲が流れて、
青空が見えたとき
私には、一人で彼女を待つ自分の姿しか思い出せないのです。
彼女のことを好きという言葉に集約するのにはあまりにも彼女に失礼です。愛という言葉には、程遠いところにいるのかもしれません。私の中には、彼女を受け入れる術が最初からなかったのかもしれません。近くにいれば、かえって不幸になっていたかもしれません。私自身彼女に言うはずの言葉がついに出すことが出来なかったのですから。
Kからのあの言葉がなかったら、あの日私が、Kに会いに駅へ行くことがなかったらどうなっていたのでしょう。あの日を境にAちゃんに対する思いが徐々に変わっていったのはどうしようもないことでした。
2月に入り、私はかばん1つで、九州に旅立ちました。別に理由があったわけではありません。旅の出会いで、ひょっとしたら違う人生が見つけられるかもしれないと、そういう人とめぐり会えるかも知れないと思ったからかもしれません。でも、今の時点で、そういう人とめぐり会ってしまったのですが。人と人の結びつきというのは、何とおかしなものなのでしょう。Aちゃんとの出会いのとき、お互い二人はその存在を知りませんでした。何もなかったのです。そして、今も何もなかったように一人の時間だけが過ぎていきます。
彼女にもっと早く、何か一言いえば、それで何もかも今と違っていたかもしれません。そうさせなかったものが私の中にあったのでしょう。Kのことが理由かもしれませんが、いや、それは、むしろこじつけなのかもしれません。精一杯の気持ちが、辛かったのです。私は本当の自分の気持ちがわからなかったのです。だけど、このままだとみんなだめになってしまうのが目に見えていたから、Kのあの言葉がでたのだと思っています。
K「私が、ユウと英子さんと鉢合わせしたとき、きっと彼女は私の気持ちを察したと思う。ユウには絶対わからないことだけど、女同士ならわかることなの。あのあと、彼女何か変わったことはなかった?」
「あまりしゃべらなくなったかなあ。Kのことは素敵な人だねって言ってたけど。」(Kには言わなかったが、あの時の違和感は、これだったのかもしれない。それとも私自身の変化だったのかも。)
K「やっぱり、気づいてた。」
「そうかなあ。」
K「だからあんたはどうしようもない馬鹿なのよ。勉強やサークルばっかりが人生じゃないんだからね。私がいないと何にもわかんないんだから。」
「・・・・」
K「彼女に会う機会があったら、あやまっといて。」
「何であやまるの?会っていいの!」
K「もう!私があやまってたって言えばわかるのよ。それに彼女と喧嘩別れしたわけでもなんでもないんでしょ。初恋の人なんでしょ。用もないのに会うのはどうかと思うけど、今度ちゃんとあやまっといて。」
九州へ行くのは初めてのことで、行く先々で、いろいろな人に会い、お世話になりました。博多で、2泊、宿舎は九州大学の学生寮でした。どこの国立大学でも寮へは布団代と宿泊費を払えば泊めてもらえます。当時九州大学は、400円で1泊できました。大宰府天満宮へいったり、中洲へ行ったりして過ごしました。博多がこの時福岡市というのをはじめて知りました。情けない話です。
博多を後に、次は長崎へ。長崎は本当に坂の多い街でした。長崎についた時は、小雨が降っていました。バックを肩にぶらぶら歩くのもいいものですが、二人で歩けばもっと楽しいだろうなと思いました。長崎大学の寮にその日は泊りました。結局ここに3泊しました。宿泊料は1泊200円、食事は学食を何度か使わせてもらいました。2日目も一人で長い間歩き回りました。足を休めるため昼食をとり、電車の時刻を調べるために長崎駅へ向かいました。
その時私は絶句しました。まったく偶然とはおそろしいもので、遠く長崎の地で、私はAちゃんと出会ったのです。運命のいたずらとは、こんなに皮肉なのでしょうか。私の心は少なからず動揺していました。私の心は決まっていたのですが、その時の私の驚きといったら大変なものだったと思います。
彼女も相当びっくりしていました。誰一人として知る人のいないところで、こんなことがあるのだろうかと思いました。彼女は、友達3人と九州へ卒業旅行に来たとのことでした。私と彼女は少し話をする時間をもらいました。友達は、遠慮して少し離れたところで待っていてくれました。二人だけにされると、何となく照れくさく、変な感じでしたが、こんな感じは初めてのことでした。
私は、思い切って話をはじめました。
「久し振りだね。あれから元気だった。」
「元気だったよ。足の怪我はいいの?」
「もう大丈夫。」
「恵さんは元気。」
「元気。元気。」
「素敵な人ね。いい人そうね。私悪いことしちゃったね。」
「そんなことないって。Kもあやまってた。いや、あやまっておいてほしいって。」
「そんなこといいのに。私のほうこそ、恵さんにあやまらなきゃって思ってるのに。今ね、卒業旅行中なの。私ね、来月、アメリカへ行くことにしたの。」
「アメリカ?」
「そう、ロス」
「ロス?」
「前から先輩に誘われていたんだけど、先月、両親を説得して決めたの。」
「英語は?大丈夫なの?」
「何とかなると思うよ。まだ若いし。」
「すごいね。悪いことしちゃったね。」
「ううん。いい決断が出来たと思ってるの。本当はすごく迷ったんだけど。夢だったから。ところで、恵さんの連絡先、今わかる?」
「わかるけど。」
「彼女とちゃんとお話がしたいから、教えてくれない?」
「いいよ、ちょっと待って。」
Kの住所と電話番号を彼女に渡しました。
「迷惑じゃなかったら、また、手紙書くね。」
「返事書くよ。」
「ありがとう。みんなが待ってるから、もう行くね。」
「わかった、気をつけてね。」
「あなたも。恵さんによろしくね。大事にしてあげてね。」
「ありがとう。伝えとく。」
何となく、寂しく、切ない気分となりました。反面ほっとした自分もいました。言葉には出せない「あなたが私の初恋です。」これは、胸にしまいました。九州を2週間かけて1周して、実家へ帰りました。
次の日、高校時代の悪友(前に一緒に旅行へ行った二人です。ケンは中学からの友人で、最初にKに好きなタイプを聞いてくれと頼んだのはケンです。リョウは高校のクラブで同じ釜の飯を食った仲間です。)から電話があり、3人で飲みに行きました。二人に今までのAちゃんとの話、Kとの話をしているうちに、改めて自分の想いがはっきりしました。
ケン「ユウお前すごいよな。」
「何でよ?」
ケン「女心のわからなさだったらチャンピョンだ。チャンピョン。」
「うるせえよ!」
リョウ「いまどき初恋にこだわるか。まあそれはそれで、すごいとは思うけど、理解できな〜い。」
「お前ら飲みすぎ!」
リョウ「お前の終わった英子さんとの恋が初恋なら、Kちゃんもお前が初恋なんだろ?すげえなあ。うらやましいなあ。」
「だから、飲みすぎだって。」
ケン「俺にAちゃん紹介しろ!絶対幸せにするからさあ〜。」
リョウ「こいつはだめだ、俺、俺に紹介してくれ。絶対内緒にするから。」
「内緒?誰によ!ああ、お前ら昔俺が振られたの、Kにしゃべったろ。」
ケンとリョウ「・・・・・」
「正直に言えよ!」
リョウ「ケン、ケンがしゃべったんだよ。」
ケン「リョウが教えといたほうがいいと言ったんだよ。」
リョウ「でもあんときはおもしろかったなあ。Kちゃんも大笑いしてたし。」
「お前らだけには絶対紹介なんかせん。ああ、あんときKに正直に話すんじゃなかった。とぼけとけばよかった。」
ケン「まあいいじゃん。丸く収まったんだから。」
「ちょっと待て、俺はまだ、丸く収まったなんて話はしてないぞ。どういうこと?」
ケンとリョウ「・・・・」
「何とか言えよ!」
ケン「お前には黙ってたけど、お前のことで心配事があるといつもKちゃんから相談があったんだよ。」
「いつもって、いつくらいから?」
ケン「中学卒業してからかなあ。」
「えー、えー。何で?」
ケン「俺らKちゃんファンクラブの代表だからさあ。」
リョウ「俺もそれに入ってるから。」
「何それ。」
ケン「お前は絶対入れない。Kちゃんはお前のファンクラブの代表だから。あの時、正月明けにKちゃんがお前らとばったり会ったときな、俺んとこへKちゃんから泣きながら電話があったってわけ。Kちゃんには俺らがばらしたってこと絶対内緒にしとけよ。」
リョウ「びっくりしたよなあ。俺らは一応Aちゃんのこと会ったことはないけど知ってからさあ、なんて言えばいいのか困っちゃったんだよね。」
「それで?」
ケン「Kちゃんてさあ、すごくしっかりしてると思ってたから、びくっくりしたし、本当に好きだったんだなあって感心した。それまでは、半分冗談だろうと思ってたわけよ、俺らも。」
リョウ「ユウとKちゃんじゃあな。この取り合わせはないわな。ミジンコで鯛を釣り上げたようなもんだもんな。だけど本気だったって言うわけよ。」
「お前らはなし作ってないか?いまいち信用できないんだよな。」
ケン「中学のとき、男子がKちゃんにみんな振られたろう。高校に入っても男子校の連中とかが相当アタックしたけど全員沈没したんだけど。断った理由聞いたことあるか?」
「変な男ばっかり連れてくるなって怒られただけで理由なんて知らない。あの頃Kが好きなタイプに当てはまるのは伴先輩っていったのケンじゃなかったっけ。」
ケン「ユウの話を聞いて、俺もそう思ったんだけどさ、断る口実に適当にいい加減なことを言ったみたいで、実際伴先輩のように該当するような人がいると思わなかったんだって。」
「何それ!それで断った理由は。」
ケン「理由を聞いて驚くな。」
リョウ「わあ〜、びっくりした。」
ケン「お前知ってるじゃん。話の邪魔すんなよ。理由は、私結婚する人決まってるから。名前は決して教えなかったらしいんだけど、それが理由。そこでかっこ悪かったのが伴先輩さ。Kちゃんの好みのタイプは自分と信じて疑ってなかったから、自信満々で告白しに行ったわけ。」
リョウ「どうなった?」
ケン「ひとこと、私最初からタイプじゃないんですけど。ごめんなさい。ってさ。」
リョウ「伴先輩へこんだろうなあ。」
ケン「大変だったらしいぞ。これから、ユウお前みんなの恨みを全部買うことになるんだな。まあ仕方ないか。」
「何でよ?俺何にもしてないよ。中学のときもみんなのために頑張ったじゃん。」
ケン「まあ、そこがユウのユウらしいところだけどな。」
リョウ「お前はお前のままでいいんじゃないの。Kちゃんもそう思っていると思うけど。だけど、何でこいつなのかなあ?真逆じゃん。」
「俺に聞いたの?俺に訊かれてもわかんないよ。本当かどうかもよくわかんないんだから。だまされてるんじゃないかとも思えるんだけど。今までが今までだっただけにさあ。」
ケン「そう思うのも仕方がないけど、これはまぎれもない事実です。」
「何でお前にそれがわかるわけ?」
ケン「俺さあ、高校に入ってすぐに、Kちゃんに中学のとき告白してなかったから、告白したわけよ。」
「そんな話聞いてないぞ!」
リョウ「俺は知ってた。」
「俺だけいっつも仲間はずれかよ。」
ケン「そういうわけじゃないけど、振られたのかっこ悪くて、言えないでしょうが。特にユウ、お前には。中学1年のとき1度あきらめたの知ってるじゃん。」
「まあ、それはそうだけど。」
リョウ「振られたのは知ってるけど、なんて言って振られたの?」
ケン「いいたくないなあ。」
リョウ「ここまできたら言えよ。」
ケン「・・・仕方ないなあ、Kちゃんが言ったのは、『ユウと友達でいたかったら、この話はなかったことにしてくれない。』だったんだよ。さすがの俺もこれにはまいった。それで理解したわけさ。」
リョウ「何が?」(こいつは相当酔ってきてる)
ケン「リョウお前もチャンピョンの仲間入りか?みんなが断られた訳は?」
リョウ「確か、私結婚する人決まってるから、だったよな。」
ケン「俺が、Kちゃんと気まずいことになったら俺らはどうなるよ。」
リョウ「なるほどね。お前頭いいねえ。」
ケン「お前はもう黙ってろ!そういうことなの。高校に入ってからは、俺は二人を見守っていたって訳よ。」
リョウ「Kちゃんがこいつを選んだのはわかったけど、何で選んだんだろう。それを聞いてみたか?」
ケン「聞いてみた。」
リョウ「それで理由は?」
ケン「笑ってごまかされた。結局話してもらえなかった。突っ込む勇気もなかったけどな。」
リョウ「そりゃそうだな。」
ケン「でもユウは、Aちゃんが初恋って言ってるけど、単に夢に出てきて気になってた女の子っていうことだけなんだろう?そのあと好きになったかもしれないけどさ。お前の初恋さあ、好きになったてことを意識したのはKちゃんじゃないの?そういう意味では、初恋の相手ってKちゃんのような気がするんだよな。」
リョウ「ケンお前頭いいじゃん。さすが国立。」
ケン「お前は少しだまってろ。Aちゃんもすごいよなあ。」
リョウ「何が?」
ケン「Kちゃんの気持ちわかってあげたんだから。Aちゃんの気持ちを考えるとユウもそうだけど、俺らも手放しでは早々喜べないんだよね。そういう意味では、ユウ、お前、本当にいい女の人たちに巡り合ったと思うな。うらやましいな。」
リョウ「偶然ということもあるから。たまたまじゃないの。」
ケン「リョウ!お前は本当に、少しだまってろ!それはそうと、ユウにあやまっておかないといけないことがあるんだ。」
「何?まだ何かあんのかよ!」
ケン「去年の夏、Kちゃんにユウお前待ち合わせすっぽかされたことあったろう。」
「うん、4時間くらい待ってから帰ったけど、お腹はすくし、電話をしても誰も出ないし、さすがに頭にくるし、あれは参った。何でお前それ知ってるの?」
ケン「あれさあ、Kちゃんちのおばあちゃんが倒れて、救急車は来るわ、入院するわ、大変だったみたいで、その伝言を俺、頼まれてたんだけど、パチンコ屋でリョウと偶然でくわして、パチンコ始めちゃったもんだから、すっかり忘れてちまったんだ。悪い!」
「ふざけんな!たいがいにしろよ!」
ケン「本当に悪い、Kちゃんにもお前が大学に戻った後、それがばれてさんざん説教食らったから。本当にすまん。」
「その話はもういいや。飲もう。でも今日はお前らのおごりな!」
ケン、リョウ「ふざけんな!」
こんな調子で夜がふけていきました。
その2日後の日曜日に、Kと母校の西山中学校へぶらっと遊びに行きました。校庭には誰もいませんでした。砂場に座ってKに長崎での話をしました。
K「奇跡みたいな偶然ってあるんだね。英子さん元気にしてた?」
「元気だった。彼女、Kに謝りたいって、言ってた。それとちゃんとあやまっといた。」
K「かわいい、いい人だったね。」
「そうだね。」
K「いやなこと頼んじゃったね。後悔してる?」
「何て答えたらいい?」
K「馬鹿!」
「うん・・」
K「わたし、英子さんといいお友達になれるかな?」
「なれるんじゃないの。」
K「そうなれたらうれしいなあ。」
「Kがそう思えばそうなれるって。」
K「そうだよね。なれるよね。」
Aちゃんには、迷惑だったでしょうが、彼女との出会いは本当によかったと思います。相手の人のことを、気持ちを、よく考えられるようになったから。本当の自分の気持ちを見つけることが出来たから。本当に感謝しています。
春休みの途中で、サークルの春休み合宿があったため、下宿に戻りました。その日もやっぱり駅までKは見送りに来ていました。下宿に着くと、Aちゃんからの手紙が届いていました。アメリカへ出発する当日に投函されたものでした。ロスでの滞在先の住所は書かれていませんでした。これが、多分、彼女からの最後の手紙になるのかと思うと切なくなりました。いまさら何をなのですが。届け先のない返事を書きましたが、それは、今も机の中です。
もうすぐ梅雨です。私は、この時期が好きです。雨の日、一人部屋にいるということは、慣れてくると感じのいいものです。太陽の下で、二人で歩いている自分のほうがもっと好きですが。
あれから、30年。みんなそれぞれの人生を歩んでいます。
Aちゃんといえば、アメリカで、いや世界的に有名なジャズピアニストとしてニューヨークを中心に活躍しています。来月日本でコンサートを開催するようで、連日テレビなどで紹介されています。
Kは、結婚して子供二人の母親となっています。
ケンは、地元の有名国立大学を卒業して、成績も優秀であったこともあり、一流商社の海外事業部長として日本と海外を往復しています。
リョウは私立の一流大学を卒業し、3年前、25年間のサラリーマン生活に終止符を打ち、家業の建設会社を継いで社長として頑張っています。
私はというと、何とか博士号を取得し、大学で教鞭をとっています。子供は二人です。娘さくらは大学を卒業して、小学校の新米教員として昨春から勤務を始めました。息子太郎は無事大学4年となれそうです。
冬も終わりのころのお昼時
さくら「お父さん、太郎が学校に戻るのにバスに乗り遅れそうだから送って欲しいって。お父さんの車貸してくれる。」
「昼から、お父さんも講義があるから、さくらの車で行けばいいじゃん。」
さくら「定期点検中で、今日車ないの!お母さん車貸して!」
妻「いいよ。太郎あんた就職どうすんの?もうすぐ4年だよ。」
太郎「大丈夫、大学院へ進学するから。」
妻「お父さんみたいになるの?もう、家は学者は一人で十分よ!」
太郎「学者になるかどうかはわからないけど、もう少し脛はかじらせてもらいま〜す。でも、母さん学問って結構これが面白いもんだよ。ねえ、父さん。」
妻「どうしてそんなとこばっかりお父さんに似ちゃうんだろうね。」
「お父さんの前後に、みたいなとか、ばっかりとかつけるな!」
さくら「お母さん、何でお父さんなんかと結婚したの?全然合わないと思うけど。」
妻「あんたも、結婚すればわかるわよ。」
「さくら、なんかとはなんだ、なんかとは!」
さくら「私は、お父さんのような人は選ばないから大丈夫。」
妻「でも、あなたの彼氏ってどっかお父さんに似てない?」
太郎「似てる似てる。」
さくら「太郎!あんた、乗せていかないわよ!」
「時間大丈夫か?」
太郎「大丈夫。」
さくら「お母さん、この間メール便が届いていたけどあれなんだったの?」
妻「あれ、コンサートのチケット」
太郎「どこで?」
妻「Nホールだったと思う。」
さくら「誰のコンサート?」
妻「今、テレビで宣伝してるピアノコンサートよ。」
さくら「え〜、そのチケットって発売30分でソールドアウトになったコンサートでしょ。何枚あるの?」
妻「2枚。」
さくら「私にちょうだい。彼と行ってくるから。」
妻「絶対だめ、お父さんと行くの楽しみにしてるんだから。」
太郎「そんなプラチナチケット何で、うちに届いたの?」
妻「彼女、お父さんの小学校の同級生でお母さんともお友達だから。」
さくら「え〜、うっそー。本当、お父さん。」
「まあ。そういうことかな。」
さくら「何それ、お父さんって本当にはっきりしないんだから。」
太郎「この間、ケンおじさんとリョウおじさんが来たとき飲んでて聞いたんだけど、お母さんの初恋の相手ってお父さんなんだって、本当?」
さくら「私もそれ聞いた。そんなことってあるの?信じられな〜い。」
妻「お父さんに訊いてみれば。」
さくら「どうなのお父さん。」
「本当は、お父さんが一方的に好きになって結婚してもらったんだよ。」
さくらと太郎「それはない、絶対ない。」
「何でよ!」
さくら「見てりゃわかるもん。お父さんにそんなことできるはずないじゃん。」
「K何とか言ってやれよ。」
第1部はこれで終わりです。この後、今回の話しを補足するために別のストーリーを考えています。